2012年04月25日

新しくなったカピトリーニ美術館の魅力(5)修復されたベルニーニの[メドゥーサ]、ダンシング・マエナード、アルカイック・スマイルのカリアティッド

最高傑作としては[瀕死のガリア人]を挙げたが、私はベルニーニの追っかけなので、一番好きな作品はこの[メドゥーサ]である。

336.jpg

すぐに触れられるほどの狭い空間に置かれていた。

一瞬を描く達人であるベルニーニの最高傑作のひとつだと思う。

しかし、オスティアのバッコスとアリアドネの館の床モザイクで、天使に囲まれた豊かな顔のメドゥーサを見たり、石棺ではガーランドで飾られ、髪も蛇ではないメドゥーサを見たりして、考えが変わった。

コリントスでは大地の女神だったし、墓堀人の事務所にゴルゴンが飾られていることから、死とは関係があったが、むしろ死者を守る(それも平和のうちに)方だったと、思う。

そうでなければ、棺に掘られるわけがない。

どちらにしろ伝承の架空の話なのだが、ゴルゴン姉妹は根本的に悪人ではなく、特にメドゥーサは知性を代表する美しい女性で、殺すように命じたミネルヴァのほうが愚かだった、と思う。

336 - コピー.jpg

せっかくのベルニーニの作品だが、私はこれを見るとかわいそうになる。

メドゥーサも私が理解しているから、訴えるように見ている。
なんてことある訳ないが・・

他のすてきな彫刻も見よう。

[踊るマエナード] デュオニソスの祭りで踊リ狂う女たちだ。

329 dancing maenad.jpg

ヘレニズムの流れるような衣が美しいギリシャの浮き彫りのローマン・コピーだ。

こちらは[カリアティッドのHERM]と呼ばれるもの

330 Herm of a Caryatid.jpg

アルカイック・スマイルがはっきりと見てとれるローマン・コピー。

私はHERMというとどうしても髭を生やしたヘルメスの頭が付いた道標が頭に浮かぶ。HERMには中央に男性生殖器がついているし、女性でHERMはないだろう、と思う。

脚の部分が角ばって先細りになっているからHERMとつけたらしいが、ヴィラ・ジュリアのカリアティッドも先細りだったけど。

さて、次にすてきなもの、それは犬が四隅に付いた台。

334.jpg

庭園に使われていたらしい。ぜひ、コピーして使いたいものだ。

当時の犬はこの種類が多い。

376.jpg

ミニ・ダックスのメイちゃんに鼻と耳が似ている。
メイちゃんもいつもこうやって私を見上げる。
脚の長さと太さが違うが・・

posted by Machilin at 19:55| '12 ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月24日

新しくなったカピトリーニ美術館の魅力(4) [瀕死のガラテア人]に知るコピー文化の重要性

2012年3月22日 − カピトリーニ美術館で最も芸術性の高いものをひとつ挙げよ、といわれたら、私は躊躇せずにこの[瀕死のガリア人]だと答える。

363 galate morente.jpg

しかし、瀕死の状態にあって、ここまで感情が剥き出しになっているとは、どういう事情で死ぬのだろうと疑問に思った。

首に縄がかけられて苦しいだけでは、この諦観と悔しさと強い悲しみが混ざった表情にはならない。

363 galate morente - コピー.jpg

ギリシャ語のパトス(Pathos)がこの像ひとつで表されている。

そこでまた余り好きでない歴史を紐解くことにした。(注:意外に好きなのかも・・)

[瀕死のガラテア人]のオリジナル(ブロンズ製と思われる)が造られたのは小アジアの都市ペルガーモで、3世紀前半だった。

異民族のガラテア人を退治したアッターロ王(AttaloI)が戦勝記念碑を作り、滅びゆくガラテア人の像で飾ったのである。

趣味の悪い嗜好ではあるが、当時このペルガーモという都市は美術の中心地だったので、このような優れた作品ができたのである。

さて、この記念碑もブロンズ像も全て消失し、次に[瀕死のガラテア人]が現れたのはローマのピンチョの丘の遺跡からで、なんと、このとき、大理石に変わっていた(爆)。

古代ローマの金持の誰かが小アジアでブロンズ像をコピーしていたのである。

遺跡は枢機卿ルドヴィージ邸だが、もともとは最も古い貴族のオルシーニ家の邸宅なので、この関係者がコピーしたのかもしれない。

この像が発見されたときは一大センセーションが起きて、金持がコピーをしたので、現在はコピーのコピーが世界中に幾つか残っている。

しかしナポレオンは、コピーすれば良いものをオリジナルをパリに持っていってしまった。1815年にめづらしくフランス人が返却したので、今日、カピトリーニ美術館で見られる。

しかし長いこと、この像は[グラディエーター]と呼ばれていた。ただの戦士ではなく深く悲しい事情があるガラテア人であるとわかったのは後のことだ。

実はこのときに発見されたガラテア人がもうひとりいる。
アルテンプス宮殿に保管されている[自害するガラテア人]Galata Suicidaである。

514.jpg

躍動的で、体のひねりがバロック芸術とつながるのだが(ベルニーニの作品のよう)、こちらは金持にはコピーされなかった。自害は忌み嫌われるし、右下に殺害した妻がいるからだろう。

アルテンプス宮殿にまで行く人は少ないし、コピーのおかげでこの世に残ることができた数奇なガラテア人たちを一緒にしてあげたいと思い、ここに書いた。
posted by Machilin at 07:32| '12 ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月23日

新しくなったカピトリーニ美術館の魅力(3) ヘラクレスに扮したコンモディス帝の危ない生活

2012年3月22日

コンセルヴァトーリ宮でこの像を見たとき、私はヘラクレスだと確信した。

退治したネメアのライオンの皮を被り、棍棒を持っている。

326 - コピー.jpg

しかし、これはコンモドゥス帝というローマ皇帝の一人であった。

ヘラクレスに変装している訳を知りたいと、余り好きでない歴史を探ってみた。
すると、この人は自分がヘラクレスの生まれ変わりだといって、狼の皮を被っていたという。
名前にもヘラクレスと入れ、後にロムルスという名も入れたので長〜〜い名になった。

こんな変な人が皇帝だったのに驚いたが、なんと、初めての親から子への継承である。
コモンドゥスは18歳で皇帝になった。

それまでは皇帝になるべき人物を養子にしたから賢帝が生まれたのだが、マルクス・アウレリウス帝も息子に継がせるとは愚かであった。

さて、私が興味をひかれたのは、ヘラクレスの衣装より両横の美しい青年たちだ。
全体はケンタウロスの形をとっていたとも言われる。

326.jpg

公共の場で両脇を美少年に固められているのだ。
歴史を紐解くまでもなく、彼が少年を愛していたことが伺える。

当たっていた。

彼は30歳で暗殺されるのだが、少年の男娼との現場を妾に見つかり、彼女が毒を飲ませるなどして暗殺に加担したのであった。

なんで私ってこの方面の勘が冴えるのだろうか?
でも、想像しなければ、こんな彫像なんてちっとも面白くない。
posted by Machilin at 17:52| '12 ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新しくなったカピトリーニ美術館の魅力(2)有名な展示物 コンスタンティヌス大帝、マルクス・アウレリウスの騎馬像、カピトリーノの雌狼

2012年3月22日

入り口から入ったところにあるコンセルヴァトーリ宮の中庭

325.jpg

324.jpg

エレガントな美しい空間だ。

ここにあるのがコンスタンティヌス大帝の頭部、腕、手、足先など。

324 - コピー.jpg

胴体が無いのは壊れたからではなく、アクロリートというギリシャの製造方法だから。
acrolitoのacroはトップなどの上部、litoは石。
重要な部分だけを石やブロンズで造り、他の部分は木などで造る。

外から見ると何の変化もないように見えるコンセルバトーリ宮だが、内部が刷新されていた。

かつて[ローマの庭]と呼ばれた場所にモダンな大きな空間ができて、

修復が終わったマルクス・アウレリウス帝の騎馬像がでんと置かれている。

327.jpg

その横にはカピトリーヌの雌狼のブロンズがあって、半円状の階段に座った子供たちがローマの起源について説明を受けていた。

328.jpg

でも、雌狼の顔をよく観察すると、困惑した表情だ。

ジツは双子は15世紀に作られてここに合体されたものなのだ。

それだけではなかった。

このブロンズはローマの前のエトルスコ時代のものであるとされていた。
しかし、科学的分析がされたところ、雌狼は中世のものであった。

これで雌狼の困惑する理由がわかったではないか。
オスティア・アンティーカの祭壇の浮き彫りに描かれた雌狼は優しく双子のほうを見ている。

カピトリーノの雌狼は「私の子ではありません!」と言いたいのだろう。
とはいえ、来歴の違いくらいでこのブロンズの価値は揺るがない。

・・続く・・
posted by Machilin at 12:21| '12 ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新しくなったカピトリーニ美術館の魅力(1)

カンピドリオ広場の両側の建物が総合的に複数形でカピトリーニと呼ばれる美術館である。

323.jpg

正面は旧元老院の市長舎だが、この建物は古代の文書館(タブラリウム)の上に建てられていて、現在は左右をつなぐ地下通路になり、多くの展示がされている。だから、全体がカピトリーニ美術館といえる。

少し前までは左側はカピトリーノ美術館と単数で呼ばれ、右側はコンセルヴァトーリ美術館と呼ばれていて、入り口も別々だった。

今は左の建物は新宮と呼ばれている。といっても今日、新しく造られたのではない。

ミケランジェロがカンピドリオ広場全体を設計したとき、右側のコンセルヴァトーリ宮と対称になるように新しく造ったので[新宮]と呼ばれた。

その名が、今日、復活して、紛らわしいカピトリーノ美術館という名称は消えた。

入り口は右側のコンセルヴァトーリ宮、出口は左の新宮から。

地下通路からはタブラリウムに入ることができ、フォロ全体が見渡せる。

359.jpg

古代遺跡のアーチから外に出るテラスもできていて、ここからの絶景はこのあとアップしていく。

この通路ができる前は、絶景ポイントは市長舎の横の坂道だった。

377.jpg

ここから見るより広い範囲が間近に見られる。

新しいカピトリーニ美術館はフォロ・ロマーナ鑑賞も含めた美術館になったわけだ。

それだけではない。最上階のテラスはすてきなカフェになっていて、ローマの北側も見張らせる。

337.jpg

前に見た彫刻ばかりだから今回はパスしようと思っていたなんて信じられない!

中の展示品も素晴らしかった。

・・続く・・


posted by Machilin at 09:49| '12 ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする