2009年03月02日

ギリシア修道会の教会内部@グロッタフェッラータ

2008年10月11日 S.マリア教会は1024年に創設され、一部は18世紀に改修されたが、内部にはビザンチン形式ののモザイクやフレスコ画が残っている。

お昼には閉まっていた扉。重厚な入り口。扉の上にはフェンディのFの組み合わせのようなモザイクがある。

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入り口の床にはカーペットのようなモザイクが。

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みんな上ばかり見ながら急いで中に入って行くけれど、私は美術的にはこういうもののほうが好きだ。

正面。十字架はギリシャ十字架。文字もギリシャ文字。左のMΩNはアルファベットでMON.Monestery、修道院の略かしら?? 右のXAIPは何でしょうねえ。

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一番上が最も古いフレスコ画の「聖母子」。かなり壊れているけれど、女性たちの顔がビザンチン風だとわかる。

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こちらもたぶん、創設期のモザイク。

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中央の玉座はキリストのものだが、空だ。かわりに子羊が描かれている。

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2人の聖人はどちらもグロッタフェッラータにゆかりのある聖人。左が聖ネイロス、右が聖バルトロメオ。

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右側に聖ニーロ礼拝堂がある。こちらは17世紀初めのドメニキーノのフレスコ画で飾られている。

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立派だけれど、祭壇はあまり面白くないなあ。

上は受胎告知。受胎告知の天使は天使の中でいちばん素敵だと思う。

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こんなに大きな絵も。

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かわいい絵も。

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でも、古い絵を見た後では、ほとんど感動しない。

お姉さんが、トルコのギリシャ正教の教会は素敵だという。本場だものなあ。いつか見に行きたいものだ。

そうしたら、明日は日曜日だということに気が付いた。お姉さんが、ミサに来ようと言った。ギリシャ正教のミサは歌で行われるのだ。

ということで、12日の朝、またやってきた。グロッタフェッラータのギリシャ教会に続けて3度も来る日本人は稀だろう。

歌のミサは素晴らしかった。お姉さんがブルガリアの女性コーラスはもっともっと素晴らしいと言った。いつか聴きに行きたいものだ。

歌の後で、言葉のお説教もあった。イタリア語がわからなければ有難く聞こえたのだが、急に世俗的になってしまってがっかりした。日本の坊さんのお経みたいに意味が解らないやつは有難い感じがするし、良く眠れる。

教会を出たところで、お姉さんがSマリア教会を噴水の中から撮ると案内書の写真と同じのができる言うのでやってみた。

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じっくりと撮ったおかげで、このベイズンが斜めにゆがんでいることが解った。
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2009年02月26日

ギリシャ修道会の内部潜入@グロッタフェッラータ

2008年10月11日 一度ホテルに戻って4時に再び来てみたら、ガイドさんの周りに十数人が集まっていた。ボランティアの方だったので一緒に内部を見ることができた。

内部潜入というとオーバーだけれど、鍵を持ったガイドさんに出会わなかったら入れない場所である。しつこく2度も来た甲斐があった。

大きなお腹の上でゆれるIDカード。

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修道院の中庭。

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ここは元々ギリシャ時代の遺跡のあったところで、出土品が回廊に並べられている。ギリシャ時代を思わせるものはここしかなかった。

この建物の中には図書館があり、ガイドさんが頼んでいたが、見学は許可されなかった。これはもしかしたら、土曜日の午後だからかもしれない。

奥の中庭の縁にキウイがたわわに成っている棚があった。

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この下の柵に扉があって、そこを開けると下に降りれるようになっていた。奥の半分開いているのが階段下の扉。ここから回廊に入って来た。

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目の前には小高い丘が連なる。

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遠くかすんでいるところがローマのあたり。

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建物を下から見るとこういうふう。

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下には頑丈な回廊が造られている。

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右側はクリプトの入り口に続く。

左側は馬車も通る道だったらしい。

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上の全体の写真で芝生になっているところにも道があって外部と通じていたと思われる。教会はもともと開放的な場所だったはずだ。でも、15世紀に道は遮断されて、城壁や塔が建てられた。

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銃を出す穴もあるが、誰かが攻めてくる危険があったのだろうか?

古い壁に咲くバラ。

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ドアにはWCと書いてある。万国共通のトイレのモノグラムだ。

この後、サンタ・マリア教会の内部を見学した。想像以上の素晴らしいところだった。
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ギリシャ修道会の中庭に書かれたモノグラム

2008年10月11日 グロッタフェッラータのギリシャ教会の中庭でクロワッサンを食べているときには気がつかなかったが、あとでゆっくりと眺めてみると、空腹時には気がつかなかったものが見えてきた。

石畳に浮かび上がるモノグラム。MPとtheta/upsilon 

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Mはマリア、Pはギリシャ文字でR。Maria Regina、(天の)女王マリア。theta/upsilonはいつも何だろうと思う。誰か教えてくれないかなあ。

ぐるっと周ってみると、クリストグラムも。

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XとP(ギリシャ語でCとR)、キリストの初めの2文字の組み合わせだ。

こちらには聖ニーロのモノグラム。

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Nの上にいつも小さなOが付いているが、何でしょうね。

そして極め付きはやはり、全能の神。

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アルファベットの初めのアルファと最後のオメガで全能の神が象徴されるのは、「我は始まりであり、終わりである」つまり全能であるという言葉による。

まあ、こんなに神聖な場所でクロワッサン食べたりして、不謹慎だったこと。ま、クロワッサンといえばトルコの象徴だから、キリスト教の敵を食べたということで許してもらおうかしら。




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2009年02月25日

ギリシャ修道会@グロッタフェッラータ

2008年10月11日 アリッチャからまっすぐギリシャ修道会に行った。グロッタフェッラータの街は1004年に建てられたこのギリシャ修道会で有名なのである。しかし、広い敷地内には誰もいなかった。お昼の時間帯は教会は閉まっているのだった。

大きな鉄製の門にあるNの字はギリシャ修道士、聖ニーロのN。1004年にここに修道会を建てた。

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奥の中庭。中央の泉の中央に小さな像が立っているように見えるが、聖ニーロの像は後ろのフェンス前の芝生の中にある。

奥の中庭のベンチに座った。ホテルの朝食の残りで、いつもの飽食懺悔の簡素な昼食。

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武田百合子さんのロシア旅行記[犬が星見る旅]という本がある。まだ旅行が一般的でなくて、犬が星を見るような驚きで満ちていた頃の話。その中で、確保してきたゆでたまごを分け合って食べるくだりがあって、そういうところが好きだった。生を感じるのである。13世紀に建てられた塔の下でクロワッサンにジャムを塗りながら、私も生を感じていた。

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11世紀に建てられたサンタ・マリア教会を見ながらお姉さんとひとつのオレンジを分け合った。そんな行為がいとも自然に思われる静かな午後の時間。

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教会の入り口の上には聖母子を描いたモザイクが。

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マリアがこのように堂々と手を上げているのも、幼子が円の中に描かれているのもめずらしい。きっと中も素晴らしいことだろう。教会はたいてい4時ごろから明けるのでまた来よう。

塀越しに見える回廊のある建物。ここが修道院の部分だろうか。

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ここでも扉は固く閉まっていた。

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諦めてぐるりを囲む塀を見ていたら、その一角で子供が遊んでいた。そこから上に登る階段があって、どうも2階でコンファレンスをやっているらしいのだ。塀の上に上がりたいと頼んで、階段を登らせてもらった。

おお、何と素晴らしいこと!

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畑だか、果樹園だか、美しい田園。

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たまたま子供が飽きて遊びに出てきたので柵が開いていたが、その後に行ったときはもう錠で閉められていた。とても幸運だった。

いったんギリシャ修道会を後にする。運のよいことに直ぐ前にジェラート屋さんがあった。(この後も通るたびに食べた)

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グロッタフェッラータのメインストリートは庶民的だ。家具の修復をする工房。

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ワインを造っているところでは、陽気なおじさんたちが写真のためのポーズをとってくれた。

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おいおい、オジサン、たばこ持ってちゃダメでしょ。

このあたりの特産のフラスカーティは軽くて、通の方はどうおっしゃるか知らないけれど、私は好きだ。

張り紙がしてある大きな鉄の門。並木の先には昔、ヴィッラがあったのだろうか? 

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新しいホテルか施設になるらしいが、あれから経済が急激に悪くなってしまって、豪華なホテルを作る時代ではなくなった。次に行ってもこのまんまのような気がする。

メインストリートから一筋中に入った通りにあるホテルに着いた。ここは静かな通りで、泊まるのには良い場所だ。着くとすぐに「飲み物はどうか」と言ってくれた。

白いカバーのかかったソファに腰掛けてカッフェをいただきながら、こういうホテルに泊まる人は絶対に教会の中庭で朝食の残りのクロワッサンは食べないだろう、と思った。でも、人生はどちらも楽しめるほうが得だ。

そして、ちょっと部屋で落ち着いてから、再びギリシャ修道会にチャレンジ訪問したのだが、これがまあ、大正解。続く。
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2009年02月16日

バロックの内装が完全に残るキージ宮殿@アリッチャ

2008年10月11日 カステッリ・ロマーニ地方で一番素晴らしいヴィッラに行きたいと言ったら、バロック・ミュージアムはどうかと運転手が言った。バロックの絵画は興味がないが、それがお勧めなら行ってみようということで、アリッチャに着いた。

車で渋滞する道路際に建つなんの変哲もない大きな建物。

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入るとチケット売り場があってガイドを待っていてくれという。中は写真は禁止だというが、格子越しに見える教会を撮りたいといって一枚撮った。

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この教会はぐるっと囲む半円形の建物を含めてベルニーニの設計なのだ。あちらを見たほうが良かったかなあ、と思った。

しかし、ガイドがひとつひとつの部屋の鍵を開けると、そこには当時の内装がそのまま残っていた。感激! 

でも写真が撮れないので、キージ宮殿の公式ホームページを参照のこと。ここは20年前にアリッチャ市に寄贈され、その後もバロック絵画が寄付され、11月には新バロック・ミュージアムが一般公開されることになっているのだった。

最後の広間は夏の食堂と呼ばれているところで、テラス側の壁にはテラスと同じ柵と自然の景色が描かれて庭と一体になっていた。

そのとき、テーブルの上の小さな写真に気がついた。バート・ランカスター、クラウディア・カルディナーレ、アラン・ドロン・・・・。なんと、ここは私の大好きなヴィスコンティの映画[山猫]が撮影された場所だったのだ。1963年公開の映画だから、ほぼ半世紀前のこと!

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後ろの給仕の立っているところに自然の絵描かれた壁があり、右奥のカーテンの向こうに本物のテラスの手すりが見える。ああ、ほんとうにここに行ったんですね!

アラン・ドロンとクラウディア・カルディナーレ。

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ドロンの後ろにも田園風景の絵描かれた壁が見える。

実際にここからテラスに出ると、こういう感じ。

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中庭側から見た建物は外側より繊細で美しかった。

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ちょうど対面の教会の建築にベルニーニがか係わっていたので、この宮殿も彼の意図がみられるらしい。実際には弟子や家族が係わっていた。

対面の教会を見に道路を渡る。

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しかし、運よくキージ宮殿の最後のツアーには間に合ったが、教会は結婚式の片付け中で入れなかった。

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ここは聖母被昇天教会で、祭壇画もありえない聖母被昇天の図なので、まあ、いいかなあと諦める。

広場に残るベルニーニの噴水。

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上の米俵みたいなものは、俵ではなくてこれで山を表している。山の上に星が光るキージ家の紋章。これはローマのパンテオンでも見ることができた。キージ家は有力者なのでちょっと気をつけると至るところで見つかる。

一対の噴水のもう片方の後ろがわにキージ宮殿が見える。

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素晴らしい内部を見た後で眺めると、この建物が魅力的に見えた。イギリスのジョージアン形式に似た簡素さが良い。上に見えるのは後から立てられた部分。テラスから見えた部分で、装飾が美しい。なんてね。

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2009年02月15日

細部まで美しいブティックホテル、ロカンダ・デッロ・スプンティーノ@グロッタフェッラータA部屋の内部

2008年10月11日 ロビーも良かったけれど、このホテル、Locanda Dello Spuntino の魅力は何といっても室内にある。

私たちの部屋のドアのプレート。

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Trebbianellaとは、葡萄の種類の名前。10部屋にはすべてこの地方の葡萄の名前が記されている。ファミリーは元々葡萄を栽培してワインを造っていた。そういうルーツが大切にされている。

女2人旅にはロマンチックすぎるダブルベッド。

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ここは仲良しカップル用のホテルで、ツインベッドはない。

バスとトイレと洗面所のコーナー

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ここからが、ため息が出るほど素敵だった。

ポンペイの人になった気分がするバス。

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細かく美しいモザイク。

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植物はすべて葡萄。徹底しています。

トイレ。

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トイレの壁のモザイク。こういうの大好き。

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洗面所。写真がちょっと暗いのは電気をつけなかったから。

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ホテルのロゴが刺繍されたビデ用のタオル。

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こんな美しいものでお尻なんて拭けません。結局、未使用。

何度も同じことを書いてしまうけれど、こんなにセンスの良いホテルが小さな田舎の街にあるなんて驚きだった。つくづく、旅行の楽しさの半分はホテルにあると実感した。

ホテルのロビーの様子
老舗レストラン、タヴェルナ・デッロ・スプンティーノTaverna Dello Spuntino.
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細部まで美しいブティックホテル、ロカンダ・デッロ・スプンティーノ@グロッタフェッラータ@ロビー

2008年10月11日 グロッタ・フェッラータという小さな町のホテルにはほとんど期待していなかったが、このロカンダ・デッロ・スプンティーノが今回の旅行で一番感激したホテルだった。

重厚な木組で作られたフロント。

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センスのめちゃ良いシャンデリア。

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真似して作りたいくらい。

ブルー・オニオンの皿が飾られたカップボードと素敵な花。


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センスが良いだけではなく、雰囲気が暖かい。フロントにはいつも家族の一員がいて、飲み物はいかが?と聞いてくれる。

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清潔なテーブルと椅子。

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ここで朝食をいただく。

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レストランの経営するホテルなので食べ物の質がとても良い。

こちらは飾ってあったかぼちゃ。お姉さんが前のホテルで描いていたもの。

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作り物だと思っていたお姉さんが驚くと、近くの八百屋さんで売っていると教えてくれた。でも、日曜の朝のこと・・・・。

そうしたら、「マンマ〜〜〜〜」とお母さんを呼んで、キッチンからかぼちゃを袋にいっぱい入れて持ってきてくれた。そういう暖かさが嬉しく、また、もし、この地方に来たらここに絶対に泊まろうと思った。

老舗レストラン、タヴェルナ・デッロ・スプンティーノ
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2009年02月14日

グロッタフェッラータの老舗、タヴェルナ・デッロ・スプンティーノ

2008年10月11日

グロッタ・フェッラータではたった10室しかない小さなブティック・ホテルに泊まったのだが、このホテルの素晴らしさを語る前に、レストランのことを書いておこう。

ホテルの名前はロカンダ・デッロ・スプンティーノLocanda Dello Spuntino、手前の青いサイン。レストランの名前はタヴェルナ・デッロ・スプンティーノTaverna Dello Spuntino、左後ろのサイン。

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グロッタ・フェッラータのメインストリートから2筋入った通りにある。レストランは60年代にそれまでやっていたワインセラーを改造して作ったもので、家族総出で経営している。

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吊る下がっている生ハムは全部、サン・ダニエル。街のレストランのように品数を備えているわけではなく、素朴だ。

土曜日ということもあって、この店はかなり広いのだけれど満員になる。家族連れ、友人たち、若いカップル、みんな地元の人たちで店主と挨拶していた。あとは私たちのようにホテルに滞在している客。

パスタはこの3種のパスタがお勧めということだが、これを薦めてしまえば楽なのだろう。何しろ客がいっぱいで店中がわんわんしているから、スピードが勝負。

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パンもおいしくて、つい食べ過ぎてしまった。

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暖かい色合いのタヴェルナで、暖かい人間臭さに囲まれて、私も大好きなK姉さんと一緒で、旅行は仲良しとゆっくりするのが良い、とつくづく思った夕食だった。

ホテルは子供の世代が中心となってデザイナーとともにコンセプトを考えて創りあげたもので、たった10室ではどうやっても採算が合うはずがないから、道楽なのだと思う。

この大繁盛タヴェルナを見て、そんな道楽ができるわけが良くわかった。ホテル編に続く。
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2009年01月08日

ヴィッラ・トゥスコラーナ@フラスカーティ

2008年10月11日

グロッタ・フェッラータのホテルにチェックインしてすぐに幾つかのヴィラを周った。

ヴィッラ・トゥスコラーナは持ち主が転々と替わったヴィッラだが、もっとも大切なのは古代ローマのキケロの別荘であったということだろう。彼が使ったVilla Tuscolana(トスカーナ風の)という名称は比較的最近使われ出したものである。

前庭に何気なく置かれているローマ時代の遺跡の一部(レプリカかも・・)に面影を残しているが、奥の広い庭には遺跡が転がっているようだ。

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このT字型の館のできたのは18世紀のことだ。

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ナポレオンの弟も数年所有し、イタリア王エマニュエル2世も住み、近くにでっかいヴィッラを持っていたアルドブランディーニ家は2度目の所有のときに二つのヴィラを繋ぐ道を作った。貴族王族がやりたい放題の豪勢な生活をしていた場所である。

前庭は今はボックスウッドの縁ができて、トピアリーがたっている。

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でも、こういう人を拒否する芝生には魅力を感じない。

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砂利の照り返しが熱そうだ。ここもホテルになっているが、グラヅィオー二に泊まって本当に良かったと思った。

内装は派手だけれど軽い。

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魅力的だったのは木陰のテント。

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ここで食事をしたら素敵だろうと思った。ヴィッラ・グラヅィオーリのダイニングルームは地下で、朝食の部屋は穴倉のようなところだったから。









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2008年12月28日

ホテル・ヴィッラ・グラヅィオーリC ディナー

ヴィッラ・グラヅィオーリはルレ・エ・シャトーの系列ホテルで、夕食代も込みになっている。

私たちのプランは二人で一泊480ユーロだった。ホテルはどうみても180ユーロが良いところの大きさだったから、300ユーロ分食べなければ元がとれないわけである。

朝食を50ユーロとすると250ユーロ。ひとり125ユーロ分は頑張ろうと意気込んだ。

いつもはカメラを持って行っても忘れて食べ初めてしまうが、今回は心して撮った。

オードブルは生ハムとメロン。

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シャンパンととても良くあっていた。ワインもタダだったので頼むと苦いワインを持ってきたので、替えてもらった。タダでも主張はしないとね。

次はパスタの中でいちばん高いオマールエビのパスタ

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ここまではおいしくいただけた。

メインはいちばん高い子羊の腿を頼んだらとんでもなくデカイのが来た。高いのは量が多いからであった。

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それでも子羊の腿を食べることはなかなか無いので一生懸命に食べた。お姉さんが頼んだ鴨がおいしくなかったので手伝ってもらった。

デザートは私はりんごのクレープ。パスタのように作ってある。

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デザートのために子羊をセーブしたのでおいしくいただけた。

お姉さんはパイナップルのカルパッチョ仕立て

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といっても、お姉さんはデザートを食べないので私がいただいた。

お姉さんはグラッパにした。むかしボローニャのレストランで残ったグラッパを壜ごともらってきた勢いはなかった。ふたりとも年を取った。でも、お互い一緒に旅行して一緒に食べる幸せを再確認した。125ユーロ分食べられたかどうかは問題ではなかった。
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2008年12月26日

ヴィッラ・グラヅィオーリ B 庭で

2008年10月10日 

ウィンブルドンに住んでいるお姉さんも、毎週山荘に通っている私も庭が好き。そして私たちにとって庭とは、草花を愛でるというより、ゆっくりと過ごす心地よい空間である。このヴィッラの前庭は絶好の場所だ。

部屋でお茶を沸かし、懺悔の昼食(朝食の余り物のこと)を済ませると、もうどこにも行かないで芝生で過ごすことにした。

館の左右に芝生が広がっている。

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良く見ると芝だけではなくてクローバーが多い。うちはオオバコが生えてしまうが、クローバーなら良いのになあ、と思う。

左側

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右側

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大きな樹って魅力的です。

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私はこの木陰で本を読んでいたのだけれど、この猫に邪魔され続け。

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太陽の少ないイギリスから来たお姉さんは日向でサングラスをかけて絵を描いている。猫は嫌いなので猫のほうも寄り付かない。

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描いているのはヴィラではなくてかぼちゃ。

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どこに行ったかと思ったら、塀の外を見ていた。

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お姉さんは老後のために水彩画を習い始めてはまっている。

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私が万が一未亡人になったらパステル画を描いて過ごしたいと思う。子供のころから絵は好きだった。

確かに塀の外のほうが絵心を誘うかもしれない。赤い屋根、もこもことした木々、畑の畝。

そんなに素朴なものが好きなら、何でヴィッラに泊まったの? というと、ここがルレ・エ・シャトーの系列で、ディナーがおいしいと言われるからだった。続く・・・
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ヴィッラ・グラヅィオーリ@フラスカーティ A建物内部

2008年10月10日 ヴィッラ・グラヅィオーリはきれいに修復されてホテルとして営業している。個々の部屋は小さいが、一階は全部がラウンジになっている。

入り口を入ったところの広いスペース。

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壁も床も新しく、ちょっとつまらない感じがするが、奥へ通じるドアは当時のものだ。

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古いシャンデリアが下がる落ち着いた読書室。このような部屋が5つから6つあった。

ペガサスが中央に描かれた天井画。その下の女性は何かのアレゴリーだろう。

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すてきな木組みの天井。

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天井画は傷付かずに残ることが多いが、修復もされているのだろう。

このように古びたまま残っている場所もある。

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トロンプ・ルーユで描かれている。

いちばん印象的だったのはこの部屋。

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古いシャンデリアの上の天井が黒く焦げている。

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このヴィッラは戦争中に爆撃で家を失ったフラスカーティの街の人々を招いて住まわせた。その時に火災を出した部屋である。

ホテルになっているが、市の管理下で10年かけて修復されたのにはそういう貢献が関係しているのかもしれないと思った。
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2008年12月25日

ヴィッラ・グラヅィオーリ@フラスカーティ @

2008年10月10日 フラスカーティとカステル・ガンドルフォの間にあるPark Hotel Villa Grazioliはカステッリ・ローマーニ地方を廻るのだから一泊はヴィッラに泊まりたいというK姉さんのリクエストだった。

簡素な門がこれから現れるヴィッラを想像させる。私たちの好みに合うかもしれない。

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常緑樹の暗い木立の向こうに塀があり、明るい木々が見えている。

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低木の植えられた大きな鉢が並んでいる。右側は温室だったのだろうか? 鉄骨だけになっているけれど、苗などが置かれている。ガーデナーの作業場だ。

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道はまっすぐ建物に通じている。開け放たれたドアの向こうに空が見える。

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写真で見た建物よりすてき。ホテルはこの建物がメインで、客室は両側の庭に面した建物にもある。でも、遠くローマを眺めるにはどうしてもこの建物に泊まらなくてはならない。

選んだいちばん安い料金でコンファームされたのは庭に面した部屋だったが、メールでどうしてもローマが見たい!と書いたら変えてくれた。

部屋はとても小さかった。でも、窓を開けると広々とした平野が広がっていた。低い丘からの眺めはのどかだ。

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屋根のタイルの愛らしいこと。

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しかし、ローマがどこにあるのかはわからなかった。たぶん薄い水色に煙るあたりだろう。

このあと庭に出たので時系列的にはちょっと間が空くが、夕焼けの様子。

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夕焼けは自然が描く水彩画。いつまで見ていても飽きない。

夜になると街の光が輝く。これもいつまでも眺めてしまう。

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このホテルに泊まってほんとうに良かったと思う一夜限りの贅沢な時間。
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2008年12月24日

アルドブランディーニのヴィッラ A庭と水の劇場

2008年10月10日 アルドブランディーニのヴィッラの正面はただ広いだけで美しいものは何もない。

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このヴィッラは現在、結婚式などのイヴェント会場として貸し出されていて、館内だけで300人、庭のテラスにテントを張ると1400人収容できる。その時のパーキングにはぴったりの場所といえる。

美しいものといえば左側の建物にからまる蔦の紅葉。

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庭へは右側から入れるようだった。

フラスカーティでも飲んだら心地よいだろう、と思われる木の下のテーブル。

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ここからも街の夜景が見晴らせただろう。

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私でも居心地が良さそうに感じられたヴィッラの一画。

その横には由緒ありげな噴水があった。ベルニーニの作だという。ベルニーニ作と称する噴水は多いが、法王の命令ならデザインくらいはちゃっちゃとしただろう。

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誰のために置いたのか鉄製のブランコがある。木が茂る前はもっと明るい場所だったかもしれない。

しかし、庭には何もなかった。水の無い噴水。

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ボックスウッドで囲まれたこの広い場所はハーブ園だったのだろうか?

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しかし、こちらのページをみたら面白い写真があった。ボックスウッドでもクレメンス8世のエンブレム、星と×印が形作られていたのだ。よおく見ると、手前が星の残骸。左は×印がまだ残っている。

こんな庭かあ、とがっかりする。咲くのはアジサイばかりだったようだ。

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太い曲がりくねった無骨な樹の向こうに建物が見える。

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まあ素敵! 半分も見えないが、これが水の劇場と呼ばれる建物だ。

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窪みに泉があるが、笛を吹くアポロンだろうか? フラスカーティの街はナチス・ドイツに占領されていたために爆撃を受け、多くのヴィッラが破壊された。その中でよく残ったと思う。

ヴィッラの裏側は表側より女性的な雰囲気だ。

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正面が逆光で撮れなくてがっかりしていたが、裏がこんなに美しく撮れて感激。欠点の裏には利点があるって、こういうこと。

このテラスにテントを張って結婚式の披露宴をやったら素晴らしいだろう。もっと近寄りたかったけれど、赤いテープが張ってあってさすがの私も入れなかった。

アルドブランディーニのヴィッラ @正面とテラス
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アルドブランディーニのヴィッラ @正面とテラス

2008年10月10日 アルドブランディーニのヴィッラ(Villa Aldobrandini)はカステッリ・ロマーニ地方に残るヴィッラの中で最も大きなものである。フラスカーティの街の広場に面した門から撮った写真が多いが、残念ながら車を降りることができなかった。(このページが多くの写真が載っていて詳しい)

庭だけは見ることができるというので入り口を探していると、横の大きな門が開いていて簡単に入ることができた。

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2段目のテラスはこれで右半分。リュウゼツランの鉢のあるところが中央で、両側にツゲの鉢が並ぶ。

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遠くにローマの街が見えるのだろう。真下のフラスカーティの町でさえ霞んでいるから、どんなに高い場所にあるか解る。

このテラスの下にはもう一段のテラスがある。憩いのテラスというより広い道。

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そして、両端で折り返して、急勾配の坂になる。

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さびた門の前に巨大なボックスウッドみたいに四角く刈られた木がある。これが並木道でフラスカーティの街の広場に面した門に至る。

緑のトンネルはテラスの上からみるとこういう風に見える。

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広場のオベリスクのなんと小さなこと。下界と上界の差が歴然としている。貴族は蟻んこのように見える庶民を見下ろしながら、自分たちだけ豪勢な生活をしてきて、21世紀になっても維持する金をたっぷり持っている。

この場所を選んで別荘を作ったのはヴォルテッラのお医者さんだが、豪勢な館に変わったのは16世紀末のこと、法王クレメンス8世がかわいがっていた甥っ子のイッポリート・アルドブランディーニ枢機卿にプレゼントしてからだ。

ヴィラの歴史をみると、法王が身内を超優遇して大富豪に育てていったことが良くわかる。庶民のお賽銭(爆)は川とは反対に上に流れていった。

野心家のイッポリート・アルドブランディー二は法王クレメンス8世のエンブレムをいたるところに残した。
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星と×印の2種類。星は最近作られたテラコッタの鉢にもあるが、驚いたのは、ツゲの刈り込みもこの2つの形だということ。顕示欲の塊。

アルドブランディーニのヴィッラ A 庭と水の劇場
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2008年12月17日

ティヴォリ、ハドリアヌス帝の別荘G ヴィーナスの小神殿

2008年10月9日 ハドリアヌス帝の別荘は広大で、予定していた2時間ではとても回れそうにもなかった。海の劇場を大急ぎで通り抜け、北東を流れる川に面したテムペーのテラス(Terazza di Tempe)を抜け、ヴィーナスの小神殿(Tempietto di Venere)を目指した。

この北東のあたりは開けていて明るい場所だ。
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アッパークラスの住居などもあって美しい場所だったと思うが、建物の基礎しか残っていない原っぱが多い。皇帝の宮殿も北東の広々とした平野と川が望める高台の縁にに立っていた。

ヴィーナスの小神殿は丸い建物だが、復元された柱はその6分の1くらいだろうか。 右の木の茂っているところにも列柱があったわけだ。遠くに平野の向こうの山並みが見える。

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ヴィーナスはこの真ん中にいる。

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ハドリアヌス帝が作らせた彫刻は世界各地の逸品のコピーだが、このヴィーナスもPraxiteles が紀元前350年に制作したクニドス(Knidos)のアフロディテのコピー(の復元版)である。

ハドリアヌス帝のセンスに感心するのは、これが世界で初めての女性のヌード彫刻であることだ。ギリシャには行きたいと思っているけれど、結局は行けないかもしれない。だから、その片鱗だけでも味わうことができて嬉しかった。

時間が迫ってきてギリシャ劇場は見られないと思ったら、そこは雑草の生い茂る工事現場みたいなところで、まだ整備されていなかった。

1999年に世界遺産になったハドリアヌスの別荘は今も修復工事がすすめられている。いつになっても終わらないかもしれないと思うくらい広い場所で、タイのスコータイの遺跡を思い出した。あのときはスコータイに2泊してゆっくりと回った。また来ることがあったら(来ないと思うけれど)この北東の部分をゆっくりと回りたいと思う。
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2008年12月16日

ティヴォリ、ハドリアヌス帝の別荘F 消防士の宿舎、倉庫

2008年10月9日 ハドリアヌス帝の別荘地では残っている建物が少ない。だから、このように立派な建物(の残骸)があると皇帝のお住まいかと思ってしまうが、消防士の宿舎である。

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場所はポイキレに面したところで、遠くからでも良く見える。

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同じようにこの大きな建物も遠くから目を引く。

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この大きな四角い建物は倉庫だったといわれる。皇帝の宮殿やアッパークラスの住居ばかりではなく、倉庫や消防士の宿舎も立派に整備されている。こういう所を見ると、ここは別荘というより街であったと改めて感じる。
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2008年12月11日

ティヴォリ、ハドリアヌス帝の別荘E 美しい冬の宮殿跡

2008年10月9日 ハドリアヌス帝の別荘の中で一番魅力的だと思ったのはここだった。

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小高い丘の上なので遠くの山も見渡せる。青空の美しい日だった。

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ここはPeshiera(Fishpond)と呼ばれていて、地歩では養魚池と書いてあるが、実際はこの池のある建物全体を指す。左に残る大きな壁がその建物の外壁だ。建物は反対側の南にあるスタジアムを見下ろしている。大きな壁が残っていて堅固に造られたということが解る。

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ここには各室に暖房設備があったので、皇帝の冬の住居であったと思われる。もしかしたら、一年中ここに住んでいたのかもしれない。

というのは、列柱などの装飾が繊細で美しいからである。

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確かに有名なカノプスの池は魅力的だけれど陰気だ。セラピスの神殿も辛気臭い。この冬の宮殿の開けて明るい場所にある池のほうが私は好き。今の高級リゾート地の造りと通じるものがある。
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2008年12月09日

ティヴォリ、ハドリアヌス帝の別荘D 小浴場と大浴場群

2008年10月9日 小浴場は部屋が小さくて仕切りがあったためか全体の形が残っている。いかにもお風呂という感じだ。

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手前の溝を良く見てみよう。

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排水口かニンフェウムのようだが、これは使用人の通る通路である。このような地下通路が全体に張り巡らされている。私は閉所恐怖症なのでぞっとする。超差別的な街づくりだ。

大浴場はたくさんあるが、半円ドームがかろうじて残っている程度だ。この場所は解りやすい。

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こちらはドーリア式の柱が残っている(或いは復元されている)。

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列柱で支えられた大きな浴場だったと思われる。

ぽっかりと空いた穴の形がシュールだ。

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私の好きな写真。

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柱は外にも立っているから、大きな浴場だったのだろう。

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もちろん、この柱の上には天井があったわけだ。

開放部からは外の木が見える。この下はニンフェウムのように見えるが、建物の壁の下だけが残ったのかもしれない。

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この写真も好き。別にこのアングルを狙ったわけではない。もろ逆光なのでこれ以上外にカメラを出せなかった。

いつも思う。遺跡ってむりやり美しいと思わなければタダの瓦礫だって。
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2008年12月08日

ティヴォリ、ハドリアヌス帝の別荘C 太陽暖房付き浴場

2008年10月9日 

この建物はハドリアヌス帝の多くの浴場の中で最も古いものである。

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場所は共和国ヴィラの中なので、たぶん一般人ではなくて上流階級が使った浴場である。

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ドームに見える穴は空気抜きではなくて、ここには輝石などの装飾があったのだと思う。他の浴場にはこういうものは無かった。

さらにこの浴場にはHeliocaminusヘリオカミヌスが付いていたという。何だろうと思って調べたら、太陽暖房のことだった。そうそう、ギリシャの太陽の神はヘリオスである。

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Heliocaminusヘリオカミヌス付きの部屋はギリシャでも既にあった。しかし、[南に面した部屋]というくらいのものだった。ここハドリアヌス帝では開放部をガラスと雲母で覆って温室のようにしたのだ。だから、ギリシャよりずっとずっと暖かかったと思われる。

皇帝や上流階級のためとはいえ、2000年前にそういう技術や考え方が存在したのは凄いと思う。
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