2006年06月13日

アマルフィ海洋王国の残滓 March'06

アマルフィ王国は10〜11世紀に栄えたイタリア最古の海運共和国だった。NHKの[世界遺産]で見たところ、当時の衣装をつけた海の祭りかなんかだったが、とても雰囲気があった。

しかし、来てみると、とても矮小な場所なのであった。砂浜はほとんど無い。一番広いスペースはバスターミナルと駐車場であった。

アマルフィ王国の栄華はどこに行ったのだろう。そこで調べてみると、ここは地震と津波で壊滅的打撃を受け、砂浜もその時に失われたとだという。

そういえば、海岸から細い通りが一本山に登っていくのだが、津波が来たら、その通り道になりそうな地形である。

広場に面して長い階段の上に金色に輝くドウオモがあった。サラセン文化の色が濃い柱やアーチ。

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ファサードの絵は、美しいが迫力が無く平凡な感じだ、と思ったら、19世紀に再建されたときに装飾されたものだった。

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実はこの街で星が3つ★★★ついているのは一箇所だけで、それがこの回廊である。

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中央には真四角な中庭がある。緑と白だけの静謐な場所。ああ、ここに中世が残っていた。

この時代の庭には椰子や棕櫚があって、当時のヨーロッパ人の憧れが感じられる。

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この回廊は富裕階級の墓所だった。フレスコ画が残っているところが個人の礼拝堂だったのだろうか? 特に秀逸というわけではないが、中世から残っているものは貴重だ。

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当時はこのようなモザイクで装飾された庇がついていたのかもしれない。

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シチリアのモンレアーレの回廊のモザイクとそっくりだ。

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この回廊は小さなところなのに6ユーロも取る。ドゥオモでは料金を取り難いので付属の回廊で取るのか。モンレアーレでもそうだったが、あちらはここの10倍広い。まあ、価値は大きさではないけれど・・

ドゥオモの内部。バロックの装飾は好きではないが、この整然とした柱はなかなか趣があると思う。

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とはいえ、私の興味を引いたのはひとつだけだった。緑色の台座のすてきなシャンデリア。ヴェネチアン・グラス。

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あ、これも面白い。図像学的興味が出て、パチリ。

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ドゥオモの外に出ると空が真っ青だった。こういうのをシャッターチャンスというのだろう。改めてパチリ。

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しかし、すっかり忘れていたが、アマルフィ海洋共和国の残りが何かないものだろうか? 市立博物館というところに行ってみよう。

人に道を聞いてこれほど解りづらいところはなかった。おかげで、ドゥオモの下を通る真っ白なトンネルを発見。迷路のようなところで、とつぜん、アパートの中庭に出たり、人の家の戸口になったりしている。断崖の街に住む人たちは今でもこういうトンネルを使っているのだ。

市立博物館というのは市役所の一部屋だった。公務員の人たちが、あっちだ、と指差して教えてくれた部屋は会議もする場所らしく、プロジェクターがあった。

そのプロジェクターの向こうにこんな旗があった。中央にあったので多分重要なものかと思う。重要ではなくても、なかなか良い感じだ。

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posted by iconologist at 19:56| Comment(0) | '06 南イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月12日

美しきアマルフィ March'06

ホテルから街まで降りる道は狭くて交通量が多いので、タクシーに乗る。このたった数分の距離で10ユーロ、1500円。どこに行くにもこれが初乗り料金らしい。ああ、観光地なんだな、と思った。

海沿いのレストランのテラスに座ると、かもめが一列に休んでいた。

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右端にあるのが16世紀のアマルフィの搭。絵葉書や絵によると、荒波が大きく打ち寄せるポイントだ。

団体から離れた嬉しさでいつもは飲まない私もプロセッコ。だってこのほっぺの落ちそうなメニューだもの。

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3月末とはいえ素晴らしい陽光で半袖になりたいくらいなのに、こちらの人は黒い革ジャンパーを脱がない。バスターミナルには厚着をした高校生が溢れていた。
posted by iconologist at 19:31| Comment(0) | '06 南イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月09日

アマルフィ海岸のドライヴ March'06

ナポリからアマルフィに向かう。地図で見ると近いようだが、ナポリ湾沿いにソレント近くまで行きそれから山道を登って半島の反対側のアマルフィ海岸に出るので、長いドライヴだった。

ナポリ湾とアマルフィ海岸をじっくりと鑑賞するプランだったが、あいにく天気が悪くて景色は楽しめなかった。細い曲がりくねった道を行くプルマンは何度もブレーキをかけ、そのたびに気分が悪くなって最悪のドライヴだった。

もっともこのドライヴの初めに振り返って見たナポリ湾はとても美しかった。このときだけ陽が差したのである。でも私はかなり天邪鬼なので、このあいだの熱海から下田のドライヴと変わらないわ、などと思った。

しかし、決定的に違うことがあった。それは、高さである。ソレントに向かうこの道は海岸からどんどん上に上るのだ。海ははるか下である。プルマンからは縁石が見えないから、怖い。お尻がぞくぞくしてきたので、山側に移った。

そして、もっと怖いことに、上に上って行くと霧が深くなってきた。日も落ちて真っ暗である。私たちの大型プルマンは断崖の上の真っ暗な細い道を走っているのだ。堕ちたら、確実にみんな死ぬ。こんなところで死ぬなんていやだ、とひたすら祈った。

アマルフィ海岸に出ても、もう夜だから何も見えない。幾つかの有名リゾート地と言われるところを通ったらしいが、闇の中に街の光があっただけだった。そして夜8時近くにやっと到着した。

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翌朝、ウソのように晴れた海とこのアマルフィの景色を見て、昨日からほぼ決めていたことだったが、団体のスケジュールから離れて、ここで一日過ごそうと決めた。

アマルフィ海岸をアマルことなく堪能するために団体は再びソレントまで往復するのだという。ソレントも何もないリゾート地った。行ったことがなくても行かなかったと思う。それより昔栄えたアマルフィ王国、NHKの世界遺産で特集されていたあのアマルフィをゆっくりと見たいと思った。


posted by iconologist at 15:47| Comment(0) | '06 南イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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