2006年11月21日

貪欲に見てまわったパドヴァ

2006年10月1日ー2日

パドヴァは街の端と端と中央に見るべきものがあり、一日で回るのはかなり厳しいが、私は[地球の歩き方、ミラノ・ヴェネチアと湖水地方]を熟読して歩き方のシュミレーションをしていたおかげで効率的に回れた。

しかし、実は、この本を置いてきてしまったのだ。それも間違って[南イタリアとシチリア]を持って来てしまったの。私はつくづく嫌になるほどバカです。

そういうことで、ラジョーネ宮の入り口がわからず、内部の大きなフレスコ画というものを見ることはできなかった。でも、地歩のお陰で、スクロヴェーニ礼拝堂は予約して入ることが解っていた。前もっての予約が推奨されていたけれど、一番に行って当日予約をすることにした。

昼前に隣接する市立博物館に行くと、専用のカウンターがあって、一番早くて18:30だと言われた。想定内だ。この間にランチして観光してしまおう。パドヴァ・カードというどの施設も共通の券を買った。

礼拝堂の建物の前にはバラが咲いていて、ベンチでは順番を待つ人が座っている。そこにあったのが、マンテーニャ展の垂れ幕。都市によって絵が違う。
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運の良いことにパドヴァのマンテーニャ展はこの市立美術館の一角で開かれていたのだった。

ランチは日曜日で空いているところが少なかった。小さなオステリアに入ったが、なぜか映画スターの写真がいっぱい貼ってある店で、英語を話すアメリカかぶれみたいなオヤジさんがいて、パッパデルロはバンコックのセントラルデパートのイタリアンのほうが洗練されていた。(この重いパスタのせいで、夜は柿ピーしか食べられなかった)

日曜日は広場に人が大勢出ていて(今回初めて群集というものを見た!)、カフェ・ペドロッキは昔の文人のかわりにスノッブで行儀の悪い人たちが占領していて、面白くないので、植物園に行くことにした。

植物園は街の端にあって翌日に回そうかと思っていたのだが、ここは世界遺産になったヨーロッパ最古の植物園のひとつなので、えいっと行くことにした。

私は嬉しかった。こんなに素朴な植物園は身のまわりにない。柵はさび、門柱の上のアガパンサスの形をした金属性の飾りも真っ黒。そうそう、当時高級品で、客を歓待する象徴として門柱の上につけられたパイナップルが、ここにもあった。

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ゲーテが賞賛したという棕櫚は、どこにもないと思ったら、大きな専用のガラスの建物に入っていた。

それから、この地区にあるもうひとつの目玉、サン・アントニオ聖堂の辺りに行った。ここはイタリアの聖地でもっとも有名なところだが、先回しっかりと見たので中には入らなかった。参照⇒[奇跡の街、パドヴァ]

中に入ったのは手前の小さな礼拝堂、サン・ジョルジョ礼拝堂だ。礼拝堂はどこもフレスコ画がぎっしりとつまっていて、一歩も動かないで頭を回すだけで見られるので好き。

それから、大好きなドナテッロの傑作、ガッタメラータ騎馬像をじっくりと見た。これが、ルネッサンスの画家たちがパドヴァまで見に来て、研究した作品なのだ。彼らもこうやってこういう角度で見たんだな、と感動する。

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先回泊まったドナテッロというホテルが見える。ここは巡礼でない限り、泊まるのに楽しいところではない。

それから、昔、K姉さんとスクロヴェーニ礼拝堂に向かった道を戻った。ここは昔ながらの古臭いところで、駅からも遠いこの場所はだんだん廃れていくような感じがした。

つまり、また端から端まで歩いたわけで、自分の健脚に感心したのであった。

スクロヴェーニ礼拝堂の内部についてはこちらの91年の日記に書いたとおりだ。見ることができるのは15分だけで、その前に控えの間で15分間ヴィデオを見せられる。いつからイタリアはこういう厳しいシステムになったのかしら、と不思議な感覚がした。

確かにジョットは素晴らしいし、こここそが彼が最も多く関わった作品だけれど、待たされたせいか、管理されたせいか、2度目のせいか、感激が薄くなってしまった。勿体ないことである。

今日はパドヴァを一往復したわけで、疲れたが、がんばって歩いてホテルに帰った。食欲はなく夕飯は抜いた。

しかし、このホテルのこの部屋にはなんとジャグジーがあったのだ。2人で喜んで入り、泡をたてて写真を撮ったが、危ないところが見えてしまったりしたので、何度も取り直した。M子はこのときから風邪をひいたのだと思う。

翌日は地歩でかすかに覚えていた、ドゥオモ脇の礼拝堂に行った。歩いて5分のところで開館前についてしまってしばらく待ったが、この礼拝堂が素晴らしかったのである。

ロマネスクの建物の中にぎっしりと詰まった1300年代のフレスコ画はメナブオイさんの作品だが、画家の名前を知らなくても素晴らしいものは素晴らしい。

それに、フラッシュなしなら、写真が撮れた。M子が、「ここもそのうち写真禁止になるわよ」とけしかけるので、パチパチと撮った。

たとえば、この[ユダの接吻]。ジョットの大柄な構成美(ユダの衣装が大きくの黄色で中央にあるところなど)は感動するが、これだっていいじゃないの。

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弟子たちが横ではなくて縦に続いていて、光輪だけが見え、大勢の兵士の頭の並び方はフィレンツエのフラ・アンジェリコの作品のようだ。

これも面白い。[最後の晩餐] ユダがこちら側にいる図はいくつもあるが、このユダはおまけに黒い光輪をかぶされている。キリストにはキリスト特有の赤い十字の入った光輪がかぶせられて、これもわかりやすい。

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ダ・ヴィンチではないので、寝ているのは(寝ているのではなく泣いている)のはヨセフだ。

女みたいなヨセフは降架のときも立ち会うわけで、これをマグダラのマリアにすり替えてしまうのは危険だ。ダ・ヴィンチコードとはこの場面を利用してマグダラのマリアの存在を知らせようとした(ダ・ヴィンチに聞かないと解らないが)だけである。

世界遺産の植物園を中心としたフォトストリームを見てね!
posted by iconologist at 19:52| Comment(0) | '06 ミラノと北イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月20日

世界遺産の街、フェッラーラの散歩

2006年9月30日

前回の1991年にはフェッラーラーはまだ世界遺産に選ばれていなかったが、この15年の間に歴史的建造物が変化するわけがない。

たとえばこのドゥオモのファッサードは昔と同じ、内部が気味悪く暗いのも同じ。

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しかし、観光客は増えていて、ドゥオモの真向かいのカフェにはきれいな大きなテラスができていた。ちょっと期待してそこでパスタを食べたけれど、おいしくなかった。今回の食事の中でいちばん観光地的な店で食べてしまった。

カフェにはアメリカ人の団体客が多く、みんなデブなのに、なぜかサラダを頼んでいた。デブなりの健康志向かもしれないが、食後に出されたクッキーを食べ続けていたから、無駄な努力だ。

ドゥオモの横側のポルティコの痛み方は進んでいた。ここにある古くからの店が発展も改良も阻んでいるのだろうか。といってもこの広場での主役は観光客用の露天市場なので、誰も気にしないということか。

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スキファノイア宮に行ってみると、中庭があってオープンカフェになっていた。ここはエステ家の人々も集った中庭だそうだ。

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M子も私ものんびりするのが好きだが、こんなところで長居していてカステルロを外すのはいけないと、中心部に戻った。

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いつもぎりぎりの判断なので、街は暗くなり始め、閉館が迫っていた。それでも内部のすばらしい壁や天井のフレスコ画を鑑賞することができた。繊細な趣味はヴェニスの宮殿の装飾にも似ている。

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最後まで粘って見てまわってカステルロを出た時、太鼓の音がして、中世の衣装を着た人々と旗手たちが入ってきた。なんと出口のところの広場でパーフォーマンスが始まるのだった。サタデー・ナイトのショーだったのである。ぎりぎりに来なければ出会わないことで、とてもラッキーだった。


しかし運の悪いことに私たちは旗手達の後ろ側にいた。この子たちには出演者としての自覚はなく、兄貴分たちが世話を焼いていた。しかし、待っているのに飽きてふざけはじめる。そして女の子たちが踊るときには前に行って見ているのである。

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だから、ショーも良く見られなかった。写真を撮ろうにも自己中な観光客が前に出ていくので彼らの尻を撮らなくてはならない。いらいら。するとM子が「いらいらすると癌になるよ」と諭したので、ちょっと反省した。気を取り直して移動して遠くから撮った。

夜は近くのレストラン、Bagattinoに行った。昼間がまずかったので期待しないで行ったら、ここの海の幸のタリオリーニが今回のパスタでは一番美味しかった。そして安かった。さらに、最後に頼んだデザートがイル・コントに書いてなかったので、とても安かった。

フォト・ストリームによる散歩はこちらで
posted by iconologist at 17:18| Comment(0) | '06 ミラノと北イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月10日

フェッラーラのホテル

2006年9月30日-10月1日

フェッラーラも今回どうしようか迷った街だった。というのは1991年にK姉さんと寄ったときにお姉さんが転んで救急車で運ばれるということがあったからだ。

しかし、事故は帰りの駅で起きたのでフェッラーラのせいではない。コスメ・トゥーラのようなフェッラーラ派の絵画はわざわざ見なければよい。

フェッラーラの街は世界遺産にも選ばれたし、今回はホテルに一泊してゆっくりすればよいだろう。そう考えて、思いっきり高級なホテルにしてみた。といっても、ミラノのあの2度と泊まりたくないDei Cavalieriより安いのだ。と、自分に長い言い訳をして、Annunziataのスイートを予約した。

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Annunziataは街のど真ん中の市庁舎広場に面している小さなかわいいホテルだ。6室あるスイートは別棟でプリスチャーにという名がついている。覚えにくい名前だ。そこには鍵を持っていって自分であけるのだという。

店の並ぶ通りに面した入り口の鍵をあけると、そこは古い街からは想像できない現代的なアートホテルだった。ある彫刻家の作品だけで飾られているのである。

朝食は本館でとるのだが、それがこの旅行で1、2を争う素晴らしさ! チーズの種類は一番多かった。たぶんニセモノだが、キャビアもあったのよ。

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フェッラーラに泊まったのは土曜日だったので、市庁舎広場ではフェスタがあったらしく、片づけをしていた。ホテルのまん前だから騒音が酷かっただろう。別棟のスイートにしておいて助かったと思った。
posted by iconologist at 14:53| Comment(0) | '06 ミラノと北イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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