2006年12月14日

ラ・ロトンダとヴァルマラーナ荘

2006年10月3日

ヴィチェンザを発つ日は火曜日で、オリンピコ劇場は開いていた。しかし、街の端まで歩く気にならず、それより早くヴェローナに行こうと、車を待っていた。

タクシーが高いのでホテルの知り合いのいわゆる白タクにしたのだが、他に出ていてなかなか来ない。ロビーで待っていると支配人が近づいてきた。

どこに行くのかと聞くから、ヴェローナだと答えると、自分はヴェローナのドゥエ・トーリの支配人を15年していたのだと言った。何とそこはK姉さんと1991年に泊まったホテルだったので、その時シンクロしていたことになる。

引退してこのカンポ・マルツィオを買ったのだという。だから、この人は支配人室の扉をあけて、いつもロビーをチェックしているのだった。それで、今回はガッビオ・ドーロに泊まると言うと、あそこは良いホテルだと言った。

さらに、ヴィチェンザはどうだったかと聞くので、ヴィラを見る時間がなくて残念だと答えた。街の建物だけでは、期待したパッラーディオの建築のよさが余り感じられず、ちょっとつまらない気分だったのだ。

そうしたら、ちょっと遠回りして、ラ・ロトンダとヴィラ・ヴァルマラーナに寄ったらよい、とアドヴァイスしてくれた。ラ・ロトンダは中は見れないので(水曜日しか開いていない)、ティエポロのフレスコ画で飾られたヴィラ・ヴァルマラーナの内部を見るのがよいと。

私は18世紀の画家ではティエポロが大好きだが、ちょっとまてよ、と思った。う〜〜ん、16世紀のパッラーディオのヴィラにティエポロが描かれる?

そこへ運転手が現れ、支配人がここへ行くようにと言ってくれたので、出発した。

着いたところは道端で、細い山道を登るのだそうだ。え〜〜!と思ったが、途中で日本人女性がひとり、急いで登って追い越していったので、この先にヴィラがあることは確かであった。

着いたところは素晴らしい邸宅で、別の方向から車で来れるちゃんとした道もあった! パーキングもあった! 全く気のきかない運転手だと思ったが、実はその山道に入るところの向かいにロトンダがあるので、そこに車を停めたのは意味のあることだった。

バラの花(公園用のフロリバンダではなくて、ハイブリッド・ティー・ローズ!)が咲く庭園の向こうに四角い瀟洒な建物がある。ここはパッラーディオのヴィラではなく、後継者によって17世紀に建てられたパッラーディアン形式の建物だった。

入ろうとすると管理人が、本当はチケットがいるのだが、もう閉館の12時まで時間がないので、後から買いなさいと言ってくれた。

ValmaranaAiNani12small.jpg...ValmaranaAiNani6small.jpg

確かにどの部屋の壁ももティエポロ親子の絵で飾られていた。天井画を見るときのように首が疲れないので、じっくりと鑑賞した。個人の邸宅がティエポロの絵を飾るなんてなんという贅沢なのだろう。

ここは相当のお金持ちらしいが、ピアノの上に置かれた家族の写真を見ると野暮ったく、すてきな男も女もいない。子供たちもみんなブスだった。ヴィスコンティの映画に出てくるような邸宅ではあるが、やはり、映画と現実は違う。

さて、写真は禁止されていた。管理人も良い人だった。でも、ティエポロの誘惑は強く、フラッシュなしで、急いで数枚の写真をとってしまった。ちょっとぼやけているのはそのせいである。

そして、管理人は良い人だったのに、急いでいたので、チケットを買わないで(忘れたとは言わない)、ヴィラ・ヴァルマラーナを後にした。

そして、早足で山道を戻ったのに、ラ・ロトンダに着いたときに12時の鐘が鳴り終わっていた。シンデレラ的放心状態。

Rotonda1small.jpg,,,Rotonda2small.jpg

無常の扉の間から写真を撮っていたら、ここでも優しい管理人さんが中に入って撮るように言ってくれた。いつも思うが、美人は得だ(爆)。

Rotonda3small.jpg

バラで飾られた通路の向こうに、パッラーディオの逸品、ラ・ロトンダがそびえていた。この建物は階段が設けられていて他のヴィラより荘厳で近づきがたい。

しかし、ここにもパッラーディオがヴィラ建築に求めたものがちゃんとある。それは、左右対称の間取りで使いまわしの効く構造、そして、経済的なシンプルな内装。

山の上の領地の畑を見回せる場所にあり、納屋としても使え、地域の人々の交流の場であるヴィラは田舎の領主の生活のために造られたものだ。今の都会の人が田舎に持つヴィラとは全く違う。

そういうことを感じさせるこのラ・ロトンダ。遠くからだけだけれど、ここでも16世紀に作られたものに出会えたことに感謝して心に刻んできた。

[ヴィラ・ヴァルマラーナとラ・ロトンダを訪ねて]フォト・ストリーム
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2006年12月07日

パッラーディオの街として世界遺産になったヴィッチェンザ

2006年10月2日

ヴィッチェンザは今回の旅行でただひとつの初めて訪れた街である。だから、[地球の歩き方]を持って来なかったことをものすごく悔やんだ。ホテルでもらう地図は小さくてどこにどういう目玉商品があるか解らない。

しかし、結果的に私たちは最も美しい建物のある通り、Contra' Portiに一直線に向かうことができた。ホテルがすすめたレストランがこの通りの近くにあったのだ。

しかし、月曜日でこのレストランは休みで、別のレストランを探そうと入った路地がこのContra' Portiだった。驚いたことにそこにはヴェニスでよく見るゴシック形式の愛らしい建物が並んでいた。

Vicenza23Palazzo Porto Colleonismall.jpg...Vicenza5CorsoPalladio2small.jpg

おかしいなあ、ヴィッチェンザはパッラーディオの街ではなかったのかしら? しかし、私は愛らしい建物のほうが好きなので、ゴシック形式の建物の写真をとりまくりました。⇒写真集

パルマで素晴らしいファルネージ劇場の内部を見て、これがヴィッチェンザにパッラーディオが造ったオリンピコ劇場を手本にしたと知ったときから、是非見たいと思っていた、オリンピコ劇場。しかし、月曜日で休館。残酷にも鉄の格子扉が閉まっていた。

Vicenza28TeatroOlimpicosmall.jpg

格子の間から撮ったオリンピコ劇場。

これにがっかりして、同じ広場にあるキエリカーティ宮など、パッラーディオの作品なのに、写真を撮る気にもならなかった。この建物内は美術館で、ここも月曜で閉まっているので。

全く、月曜日はどこかの都市に当てはまるわけだが、辛い。[日曜はいやよ]とか[・・だめよ]とかいう歌があったけれど、[観光に月曜日はだめよ]!

それからパッラーディオの作品群の残る中心の広場に赴いた。だだっぴろい広場にがらんとした残骸のようなロッジャのある大きな建物があった。こがバジリカでパッラーディオの博物館になっているが、やはり月曜日のせいか、人がいないので、とっても薄気味悪い。

Vicenza35BasilicaPalladianasmall.jpg

実はこの建物の意味が解ったのは、日本に帰ってから、建築様式を調べていて、歴史を知ったからだった。フリッカーのサイトにアップロードする写真の説明のために調べていたのだが、はまってしまった。

それで英語で書くのに精力を使いすぎて、また日本語で書く気にならないので、そのまま貼り付けます。

BASILICA 1549-1617

The first major work by Palladio.

Doric order on the lower register and the Ionic on the upper.

The entablature put forward over the columns provides horizontal line of undulating movement with ruffling banisters.

But it is wrong to call it totally his style. He just joined in a wrecked project of remodelling the old town hall.
At the end of 15th century, there were 2 community buildings and they wanted to unite them with lots for market in form of a loggia. Once done by the competition winner but broken in few years.

Then they made proposals to famous designers and architects in vain for 50 years!

Why Palladio, called Andrea della Gondola and unknown could have made such a big success? Because he was a superb mason. The stones of the region used and it took 70 years for the accomplishment.

The point I like Palladio is that he is a pure mason who loved stones. He traveled to Rome and learened a lot from old solid and simple Roman architectue and made the base of modern buildings. His spirit remains already in 5 centuries and more.Great work!

部分の説明もあるオリジナルページ⇒http://www.flickr.com/photos/machilin/313932462/

それから宿に帰り、夕食は近くのレストランに出向き、何となく一日が終った。つまらなかったのは、月曜日だったこともあるけれど、それだけではない。パッラーディオのヴィラを見る船のツアーにはこのヴィッチェンザからは参加できないし、ホワイトハウスの原型みたいな公的な建物は面白くなかったなあ、とか思ったのだった。

だから、翌日、思いがけなくヴィラを訪問できることになったときは天にも昇る気持ちで運に感謝したのだった。
posted by iconologist at 18:54| Comment(0) | '06 ミラノと北イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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