2007年01月23日

ガルダ湖畔の美しい町、シルミオーネ

2006年10月04−05日

シルミオーネはガルダ湖に突き出た細長い盲腸のような半島だ。先回は立ち寄っただけだが、きれいな場所だったので、今回は一泊することにした。

選んだホテルは中心部を抜けた丘の上にあるのだが、中心部には細い道が一本しかないので、ジェラート片手に歩き回る観光客の間を通ることになり、ちょっと気がひけた。

このブーゲンビリアの這う家のところから一方通行で2手に分かれる。

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イタリアの北部でブーゲンビリアというのは不思議だが、湖水地方は暖かいのだという。前回泊まったホテルもブーゲンビリアに覆われていたし、レモンの木の茂る丘もあるほどだ。

今回選んだのはVilla Cortine Palaceという五つ星の超高級ホテルで、今回一番高かった。それでも、シーズンオフなので宿泊料金でフルボード、つまり夕食がついてくるので、得だと思ったのである。

運転手が降りて呼び鈴を鳴らすと大きな門がするすると開いた。正面の池にはポセイドンなどのバロック式立像が配置されている。昔の庭に忍び込んだみたいでわくわくした。

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ここをぐるっと回って一番上に着くとそこにホテルがあった。1900年頃に立てられたパラーディアン形式のヴィラをホテルに改造したものである。

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サロンとして使われているヴィラの部分。客室部分は増築された味もそっけもないリゾートホテル仕様。

お昼は湖沿いに幾つかあるレストランに出かけた。きれいなところが見つかったので、入ろうとすると、店員に「ピザはありませんよ」と言われた。

中にはアメリカ人がいっぱいで、そういえば日本人やアジア人はいないのだった。私は日本国民に失礼な態度をされると頭に来る。にこりともせずに「湖の際の席にしてちょうだい」と言った。

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ま、この席ならいいだろう。メニューを見ると、ここもホテルがあるらしく、フルボードの場合、エビの料理を頼むと5ユーロとかアップになっている。せこいけれど、リゾート値段だからね。料理はどれも美味しくなかった。

それから、城塞の周りを歩き、湖を渡ってくる風を楽しんだ。

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ホテルに戻り、ちょっとおしゃれをして夕食に行った。隣のテーブルにはイギリス人の夫婦がいて、結婚30年の記念にヴェニスのダニエリに泊まり、ここに着たのだといった。結婚10年の記念にはヴェニスのグリッティ・パレスに泊まったのだという。

何の記念でもないのにここに来てしまって、何の記念でもないのにヴェニスのダニエリにもグリッティ・パレスにも泊まってしまった私はちょっと罪悪感を感じた。ただのホテル・フリークなので・・・。

メニューには値段が書いてなかった。どれをどういう風に注文したら割り増しをとられないのか、それも書いてなかった。そこで、聞いてみた。すると、係りのおじさんはにこにこ笑って「好きなものを好きなだけどうぞ」と言った。

つまり、オードブルを3個とかデザート5個とかもアリなのだった。きゃー、素敵! でも、それでは3キロは太ってしまう。そこで、なるべく高そうな、フォアグラのついているやつとかを選んだ。

その夜、イタリアに来て初めて雨が降った。すごい嵐で、丘の上の家だから、木々がざわざわと怖いくらいの音をたてていた。とうとう雨が降ったか、雨の湖畔なんて運が悪いこと、と思った。

明け方、静かになった外を見てみると、素晴らしい朝焼けだった。私って超晴れ女なのだけれど、それがまた証明された。一緒に旅に行きたがる人が多いのはこのせいかも。

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ホテルの庭を歩き、湖を眺めていたら、満足してしまって、今回も先端にあるローマ時代の遺跡に行くのを忘れてしまった。道半ばのホテルに泊まったのに残念なことだ。


ホテルをチェックアウトして、湖の対岸のレストラン、Capriccioに行った。そこはヴェローナのレストランで隣に座った日本人男性2人が働いているところだ。何も調べないで行ったら、2つ星のレストランだった! おいしいのは当たり前。

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食後のプチガトーはアンティークのカップ&ソーサーのソーサーを使ったりしていて暖かい感じだった。古いポットを花瓶にしてあって、その花は自宅の庭から切ってきたもので、それも暖かい感じだった。
posted by iconologist at 17:34| Comment(0) | '06 ミラノと北イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月05日

ヴェローナ第二日目

2006年10月4日

まずはマンテーニャ展の行われている市役所へ。

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今回のマンテーニャ展はどこでも会場のデザインが素晴らしく、イタリアが総力を挙げたという感じがした。古いものに観光客を呼び込むだけでなく、こういう企画をするとはイタリアはかなり進歩している。

サン・ゼーノ教会の奥にあった祭壇画は中央にでんと置かれていた。なんと、想像した以上に近づいて見ることができた。鎖も紐もないので、触れるくらい近くに!

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この下段の絵は全部フランス人によって持ち去られ、現在はルーブル美術館にあるのだが、今回、中央の絵が貸し出されていた。その絵だけが厳重にアクリルガラスで覆われていた。

やはり、その繊細さはレプリカとは格段の違いがある。こうして両方を一緒に見ることができたのは至福のできごとであった。ついでにこのままイタリアに返せば良いのにと思う。

日本だったら、すぐにへーこらへーこらと謝って、のしまで付けて友好のために返すだろうが、フランスは罪の意識なんか全く無いから駄目だ。

帰りはやはりアレーナの内部を見に行った。

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そしてやはり、一番上の段まで上り、ヴェローナの街を見渡した。このアレーナはコンサートにフル活用されていて、味も素っ気もなく、この最上段に残ったわずかな塀だけが古代を感じさせる。

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ホテルに着くともう12時だった。そのまま歩けば、ピサネッロの絵が残るサンタナスターシア教会があるが、もう歩く気がしなかった。M子が地図を見て、「シニョーリ広場っていうのもあるわよ」と言ったが、「エルベ広場と同じようなものよ」と言って、早いところガルダ湖に向かおうと提案した。

日本に帰って前の旅行の写真を見ていたら、シニョーリ広場の写真があった。丁寧にメモがあって「エルベ広場とは全く違った落ち着いた美しい広場だった」と書いてある。

ああ、M子に申し訳なかったと思う。自分も、もう一度、デジカメで撮っておけたのに、と残念に思う。
posted by iconologist at 20:47| Comment(0) | '06 ミラノと北イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヴェローナ第一日目

2006年10月3日

アル・ポンピエーレでプロシュートとポルチーニソースのかかったフィレ肉を食べ、もりもりと元気が出たところで、一番遠いところにあるサン・ゼーノ・マッジョーレ教会に向かった。ヴェローナで一番ステキなもの、[青銅の扉]とマンテーニャの祭壇画を見るために。

カステルヴェッキオを超えてからアディジェ川沿いのプロムナードを歩く。川はまだ水量が少なく中州が見える。土手には黄色い夏の花が咲いていた。

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サン・ゼノ教会は何世紀も変わらぬ姿だが、一箇所だけ違っていた。青銅のレリーフが打ち付けられた扉に代わって板の扉が作られている。扉と言っても入り口は別にある。このちょうど裏側に古い青銅の扉が置かれているのだ。

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今日まで800年も雨風にさらされてきた青銅のレリーフはそれでもこんなに素晴らしい。やはり11世紀のマエストロの作品心を打つ。[楽園追放]と[カインとアベル]

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しかし、ここまで来たのに、もう1つの目的のマンテーニャの祭壇画がなかったのだ。なんと、マンテーニャ展に出されているという。そういえば、町中のマンテーニャ展の垂れ幕にはこの絵の聖母子が描かれていたっけ。

ちょっと落胆したが、実は、この絵の置かれている祭壇は遠くからしか見るっことができず、おまけにとても暗い。だから、展覧会で近くから見れればとても幸運だ。それを期待してサン・ゼーノ教会を後にした。

それから欲張って他の教会もふらふら見ていたら、とても疲れてしまった。小学校のお迎えでごったがえす街中でバールに入って休む。

そしてカステルヴェッキオの前を通ったのだが、ちょっと休んだらまた欲が出てしまって中に入ってしまった。先回は飛ばしてしまって、もう2度と来ることもないだろう、と思い・・

城の中から見るスカリジェーロは橋を人が歩いているのが見える。この国では骨董品が今でも生活に使われている。

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この城も絵画館になっている。ヴェローナ派の[バラ園の聖母]と13世紀の彫刻[カングランデ騎馬像]

Verona24MadonnadelRoseto235.jpg...Verona27Cangrande235.jpg

夜はイル・デスコで食べた。夜だからジュリエットの家の鉄扉は閉まっていた。門の両脇の壁には殴り書きが描かれていた。ジュリエットの家ってこんなに街中にあったのだろうか。両隣はしゃれたブティックだ。

ホテルの前のエルベ広場の角では着飾った人たちがパーティをしていた。この地方の最大の特産品である大理石の買い付けに来た人たちだそうだ。ガッビア・ドーロも明日からは満室だそうだ。
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ヴェローナのホテルとレストラン

2006年10月3日

先回はドゥエ・トッリ(Due Torri)に泊まったので、今回は中心部のガッビア・ドーロ(Gabbia D'Oro)にした。

ドゥエ・トッリの古典的な重厚さとくらべ、ガッビア・ドーロは木組みの天井と白い漆喰のルスティックな愛らしいホテルだ。歩き疲れた身にはこういうアットホームな(値段以外は)雰囲気が嬉しい。

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さっそく、昼食に出た。ホテルからすぐのところにあるアル・ポンピエーレ。何種類もの生ハムが天井からぶら下がっていた。

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今回の旅行で、一番気に入ったレストラン。地元の人も大勢いた。M子がトイレに行ったら並んでいて、おじいさんに話しかけられたという。隣の大テーブルで店主が「インジェニエーレ、インジェニエーレ」とぺこぺこしていたその人だった。

イタリアでは誰でもミスターを使うのではなく、タイトルで呼ぶ。大卒なら「ドットーレ」と呼ばれる。私だって、ドットーレなのよね。あ、それで、小さな設計屋でもインジェニエーレと呼ばれるからたいしたことないと思っていたら、六本木の森ビルを設計したのだという。本当かもしれない。

夜は有名な2つ星のイル・デスコに行ったが、海鮮をひねくりまわした料理で、これなら日本で寿司屋に行って白子ポン酢食べたほうがいいや、と思った。

イル・デスコならではの逸品はデザートで、チョコレートの上にコーヒーのフラッペをのせ、生クリームをのせ、フライドライスでトッピングしたもの。これがスタバで食べられたらなあ、と思った。
posted by iconologist at 10:08| Comment(0) | '06 ミラノと北イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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