2007年02月27日

ベルガモからミラノへ

2006年10月6日

朝食後、ホテルの裏手にあるカッラーラ絵画館へ向かった。意外に近くて開館10分前に着いてしまった。

絵画館の建物はパッラーディオの円柱がついたネオ・クラシック様式。軽やかで上品な感じで、日本の昔の洋風建築を思わせる。

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ここはカッラーラ氏が自分のコレクションを中心に1810年に作った個人美術館で、15世紀から18世紀のイタリアとヨーロッパの絵画を所蔵している。

年代別展示がされているのが特徴で、教育的な美術館というのは見たことないので、来てみたのだ。

確かに、教育的な施設らしく、同じく開館を待っている小学校低学年の生徒たちがいた。しかし男子はふざけっこばかりしていて、ひとりおしっこを我慢できない子が先生に付き添われて木の陰でおしっこしたり(もちろん男子)、他の教育が先だろ、と思った。

展示は教育的だったが、教育的なものは余り面白くはない。有名画家の絵はどれも小さかった。それでも、レンブラントの光と影や、同じヴェニスを描くカナレットとグアルディの筆致の違いはわかるので、復習にはなった。

カッラーラ絵画館をさっと見てホテルに戻り、タクシーでミラノに向かった。このタクシーにはカーナビがついていて、問題なくホテルに着いた。

昼はリナシェンテの上階にあるビストロに行った。ここは2004年の夏に最後の仕事を終えて帰国する前にひとりで食べたところだ。今回も最後のランチはドオモの尖塔を前に食べたいと思った。

しかし、このしゃれたビストロはもうなかった。リナシェンテなんていうデパートの上階ではおしゃれな人が来ないからか? しかたないので普通のレストランのほうで食べた。定番のミラノカツレツと牛フィレカルパッチョ。美味しかった。

それから、旅の最後はやはりお買い物をしよう、とモンテ・ナポレオーネ通りに行った。ミラノの買い物といったらモンテ・ナポレオーネ通りだ。そして、いつものお店に行った。

ここの名前を出すと、人が来てしまうので書かないが、ブランドのアウトレットだ。ここではMarc Jacobsなどのタイを35ユーロで売っている。ネットで出ているような平凡なものではなく、けっこう新作があるのでいつも必ず覗く。

先回は10本買って夫に多すぎると言われたので2本にした。さらに、はじめて免税の手続きをした。こんなに安いのにまだ引いてもらえるのだ。

それからモンテナポレオーネ通りを早足で歩いてCafe Covaにお茶に行った。私たちは運よく良い席に座れたが、すぐに満員になって、後から来たふくらスズメのような身なりの良い外人おばさんたちは窮屈そうに座った。

それまでして来る店でもないが、モンテナポレオーネ通りにはここしかない。どうせならおいしいお菓子も食べようと思ってプチフールも一皿注文した。

コーヒー2杯とプチフールで34ユーロは凄い。やはり都会は高い。いや、お昼は40ユーロだったから、都会の中でもこういう高いところにお茶に来てしまうのが悪い。

それからまっすぐにタクシーでホテルに戻った。このホテルPierre Milanoは小さいながらレストランがついている。とても美味しく、旅の最後に町に出なくてすんでとても良かった。もちろん、それを調べて予約したのである。

こうして10日間の北イタリアの旅は終わったのである。しかし、終わりは新しい始まりだという。実は、今年もまた同じ頃に北イタリアに行くことにした。

というのは、ふと見たアリタリアのマイレージがかなり溜まっていて、一桁違うのかなあ、と心配しながら電話したら、なんとビジネスクラス往復分たまっていた。

アリタリアは経営が危うく、マイレージは今年で終わってしまうので、どうしても行かなければならない。

一緒に行ってくれる友人はいるが、彼女はもしかしたら行けないかもしれない。だから、ひとりでも安全な北イタリアの旅ということになり、また来ることになったのだ。

私は、これで終わりだ、と思うと、すぐにまた行くようになってしまう。ずっとこういう具合だったが、人生にはちゃんと本当の終わりが来るので、心配せず、遊ぼう。
posted by iconologist at 17:12| Comment(0) | '06 ミラノと北イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月14日

ベルガモ・アルタの古い広場に

2006年10月05日

9泊10日の短い北イタリアの旅の最後はベルガモにした。湖で休んだあとに、旧市街の教会建築を堪能しようというわけである。

ベルガモは丘の上にある古い街アルタ(上)と新市街バッサ(下)に分かれている。アルタにはフニクラで行くのでホテルはフニクラの駅から歩いて10分のエクセルシオールにした。

シルミオーネからの帰りにレストランでゆっくりしていて着くのが遅くなってしまった。フニクラでアルタに着くと、急いでコッレオーニ礼拝堂を目指した。

かわいい店が並ぶ古い通りをちょっと行くと左側に広場があった。中央の噴水があるらしき場所は修復中。

地図によるとコッレオーニ礼拝堂は広場に面しているのだけれど、ここではない。どうも、奥の建物の横の路地の突き当たりに何かがあるようだ。

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これが目指してきたコッレオーニ礼拝堂。ロンバルディア・ルネッサンス形式の大傑作と言われている。左側は市庁舎として使われていたラッジョーネ宮の壁。

このラッジョーネ宮が邪魔をしていてコッレオーニ礼拝堂のあるサンタ・マリア・マッジョーレ教会はこうやって斜めからしか写真を写真をとることができない。

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この左手にドゥオモがあり、ここがドゥオモ広場なのだ。子供たちが徒競走をやっている小さな運動場のような場所で、今まで見た中で一番小さなドゥオモ広場だった。

真っ黒で何の飾り気もないロマネスク形式の教会に彫刻で飾られた小玄関がくっついている。これもとても素敵だ。

ドゥオモ自体は見るからに私の苦手なバロック・ロココ形式で、ローマなら全部がそうだからいいけれど、北イタリアでは見る必要はない。ということで入らなかった。

それより、このコッレオーニ礼拝堂のファサードである。たぶん、どこのロンバルディア・ルネッサンス形式のファッサードより美しい。

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じっくりと見ていると、ふと、エッシャーの騙し絵を思い出した。エッシャーはイタリア人女性と結婚してローマに住んだのだけれど、その前に一度くらいはこのファッサードを見たことがあるのではないかしら?

コッレオーニ礼拝堂の内部はフィレンツエのメディチ家を思わせるようなしゃれたものだが、キンキラキラキラでそれほど私の好みではなかった。

一方、余り期待せずにあの小玄関を入ったサンタ・マリア・マッジョーレ教会の内部はすごかった。こんなに小さな街なのに、これでもかというほど豪華絢爛に飾られていた。

教会自体は1150年から1491年にかけて作られ、ロマネスクからルネッサンス期のものだが、内部はその後に改築されている。16世紀〜17世紀の大きなタペストリーが飾ってある教会は初めて見た。

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私が面白いと思ったのは入り口近くにあったこの古いフレスコ画。

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最後の晩餐ではユダだけに光輪がない。キリストも全員、黒い光輪である。そして、横顔の場合、ほっぺたに黒いまん丸な光輪がペタッっとくっついていておかしい。平面的な絵画の時代ね。

テーブルも面白い。丸パンや水差しやコップがたくさん並んでいる。かなり豪華な晩餐だ。平面的だとはいえちょっと遠近法を考えようかな、と思った跡が右端にある。でも、それならむしろ左端と同じ形になるはずだけど・・。側面は見えるはずないのでした。

左下の絵も面白い。光輪のある普通の服装の人が魚を持っているから、これは大天使ラファエルだ。天使だが、普通の人の服装で現れるので羽がない。そして魚の肝臓が効くと教えるのだ。

で、右の人は親の病気を治したい孝行青年のトビアスだ。しかし彼のお供をしている犬はいない。ユダヤ人が当時犬を嫌ったからだろうか。旧約聖書外典には犬はでてくるのに。

犬の代わりに白馬。まさか貧乏なトビアスがこんなに美しい白馬に乗ってくるわけないし、ラファエルも天使だから馬には乗らない。なぜ? 

もしかして画家はそんな旧約聖書の話よりこの美しい馬を描きたかったのではないかしら?

忙しいのにそんなことを考えて長居していたら夕方になってしまった。八百屋さんで干しいちじくやドライトマトやドライ・ポルチーニを秤で買ってお土産にした。

ベルガモは城壁から見るバッサの景色などまだまだ素晴らしいものがありそうなので、ゆっくりと来たいと思った。
posted by iconologist at 12:49| Comment(0) | '06 ミラノと北イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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