2008年01月31日

朝日に輝くギリシャ劇場@タオルミーナ

2006年3月 ギリシャ劇場に着くと、まだ団体客は来ていなかった。何という幸運。それなのに、ガイドは階段を登って海の方から説明を始めた。私はここで海を見ていたくない。ギリシャ劇場を見たいのだ。それで、みなさんにさよならして、舞台の前に降りて行った。これが私の見たかったものです。

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ああ、なんて素敵なんでしょう。エトナ山の頂上まで見えます。でも、後ずさりしているうちに雲がぽわっと現れました。ガイドさんの言うとおり、海を見ていたら、チャンスを逸するところだった。

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エトナ山はローマ神話ではウルカヌスの鍛治場とされていた。ヴィーナスやティティスが息子の鎧兜を作ってもらいに行った所だ。古代の人々がそういうことを想像して見上げた山を今、私は見ている。そう思うとすごく感動します。

今度は急いで階段を登って見る。エトナ山を覆う雲が大きくなってきた。

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それでも、誰もいない空間は素敵だ。ガイドさんたちがわざわざ遺跡の前でたむろしなくても良いのになあ、とちょっと残念に思う。

それから、海を背景に見るために一番上まで登る。うっとりする絶景です。

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夕陽は正面に向かって左側の観客席を照らすけれど、朝日は右側を照らす。芝生の緑がまぶしい。

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エトナ山の雲は斜にかぶったお帽子のように大きくなってきた。上ばっかり見ていて気が付かなかったが、右の入り口から団体が入場してくるではないか。

と思ったら、あっという間にこういう具合に。

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タオルミーナのギリシャ劇場だけなら泊まらなくても見ることができるけれど、こういう朝の時間や昨日のような夕方の時間にゆっくりと見られるのは2泊したからだ。

私は遺跡を見ていると、いつも、ああ、遠くまで来たなあ、と思う。地理的な遠さだけでなく、日本の文化からも隔たったところに来たなあ、と。そういう時間が大好きだ。

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エトナ山fromグランド・ホテル・テメオのテラス

2006年3月 朝食を終えてテラスに出ると、雲ひとつない青空が広がっていた。建物のピンク色とゼラニウムのピンク色がぴったり合致している。

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後ろに岩山があって、モナコのエルミタージュのテラスを思い出した。モナコに3週間滞在することになったが、ホテルがどこも満杯でしかたなくエルミタージュに3週間滞在して破産しかけたあの夏・・・。エルミタージュのテラスはどこより素敵だが、ここティメオのテラスはその次くらいに素敵だ。

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雪を抱いたエトナ山が息を飲むほど美しい!

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長い長い稜線は河口湖から見る富士山を思い出す。でも、いつまでも眺めていると、右端の雲が沸いてきて山を覆うだろう。だから急いでギリシャ劇場に行かなければならない。ギリシャ劇場正面の柱の間からこの美しい姿のエトナ山をどうしても見なくちゃ。

幸い、ツアーはすぐに出発したので雲がかかる前に見ることができました。[朝日に輝くギリシャ劇場@タオルミーナ]に続く。
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グランド・ホテル・ティメオ@タオルミーナ

2006年3月 ティメオの団体客の泊まる別館は本館の後ろ側にあるのだけれど、運が良く3階に泊まれると素晴らしい驚きがある。それは屋根の上に出るテラス! 私たちはとても運が良く、ここに割り当てられた。

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お部屋もきれい。ビンに挿してあるのは南イタリアのレストランの庭で摘んできた野の花。黄色はオキザリス、オレンジはハナビシソウ。

アメニティも豪華。エトロです! いかにも高級リゾートという香りがしました。

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テラスに出てみると、遠くまで続いている海岸線が見える。

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サン・ドメニコ・パレスから見えるイゾラ・ベッラは左手に隠れているけれど、何もかも欲張ってはだめ。こういう見晴らしほど贅沢なものはないと思う。

ギリシャ劇場に行くので(前の日記参照)夕日で逆光になっているエトナ山は明日に撮ることにした。

そして、朝、空が明るくなってきた。

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大地はまだ日陰。エトナ山は雲の中だった。がっかり。

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しかし、紫色の雲が徐々に流れて、エトナ山が現れた。嬉しくて手を合わせて拝んじゃいました。

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右手の岩山は朝日を浴びて輝いている。

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薄紫にけむる美しい海岸線! 絶景です。

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これが全部、グランド・ホテル・ティメオの裏の別館の3階の私たちの部屋のベランダから見た風景。割り当てられた運の良さと、晴れ女の運の良さと、この他より割高なツアーに来る費用を貯められた運の良さとに感謝しました。



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2008年01月30日

夕陽に照らされたギリシャ劇場@タオルミーナ

2006年3月 ホテルにチェックインして自由時間になったので急いでギリシャ劇場に行った。明日の朝、見学をするのだが、夕方の光に照らされるギリシャ劇場も見たかったので。ホテルからは徒歩で5分で着いた。

夕陽がエトナ山のほうに廻っているので、舞台はちょうど陰になる。

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反対に観客席の芝生が美しい。

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海とエトナ山を背景にしたタオルミーナのギリシャ劇場は私が一番好きな遺跡だ。そこに2回も来られたこと、そして明日もまた来れることを幸せに感じた。

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観光客は少なく、皆のんびりと夕暮れのひとときを味わっているようだった。
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タオルミーナの2つの素晴らしいホテル

2006年3月 96年にこの旅行社に決めた理由のひとつがホテルだった。オフシーズンは高級ホテルも団体にバーゲンするらしく、サン・ドメニコ・パレスに二泊もするのだった。サン・ドメニコ・パレスは修道院を改築したホテルだが、私は映画[グラン・ブルー]でチェックインしたカウンターを見て覚えていたのだった。

ここはお部屋は部屋から青い海が見渡せ、何より手入れの行き届いた大きな庭園が素晴らしかった。このような断崖の上にある街でこんなに広い庭園を確保するのはたいへんな贅沢である。

さて、今回はサン・ドメニコ・パレスではなかった。グランド・ホテル・ティメオといって、さらに高級なホテルらしいが、私は知らなかった。しかし、なんと、サン・ドメニコ・パレスのテラスから見えるのである。

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ギリシャ劇場の下に広がる白い建物がグランド・ホテル・ティメオ。もう少し近くからみると・・

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本当にギリシャ劇場の真下で、もういちどギリシャ劇場をゆっくりと見たかった私にはぴったりのホテルだった。

タオルミーナの西端にあるサン・ドメニコ・パレスからは真向いに見えるのは海でエトナ山はテラスに出て右を見ると見えるのだが、ティメオからは真正面にエトナ山が見える。

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後ろにはギリシャ劇場が迫っている。

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テラスの端にあるのはタオルミーナの建物特有のピンク色の古い館部分。その向こうに突き出た岩山にカステッロが見える。

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甲乙つけ難い2つのホテルだが、この開放感溢れるテラスからの眺めで私はティメオが好きだ。

どちらにしても団体なので価格は違わないのだが、ティメオの予約を取るのはとても難しいそうだ。団体の場合はこのテラスに面したスイートではなく、裏の別館になるが、ここに出れば同じ気分が味わえるので公平である。
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2008年01月29日

メッシーナ海峡を渡ってシチリアへ

2006年3月  マテーラから少し南に下ると海が見えた。あの廃墟をずっと歩いた後だったので、海を見て気分が明るくなった。ここはイタリア半島の長靴の土踏まずの部分。山ばかりのバジリカータ州もここだけはイオニア海に面している。

それから再び内陸に入り、長靴のつま先の部分へ向かい、コゼンツァで一泊した。何にもない街外れだったが、ホリデイ・インはきれいだった。夜はルームサービスでツナサラダを食べた。

翌日はカラーブリア州をひたすら南下する。もう長靴のつま先の部分を半分来て、残りは177キロというのに、フェリーに乗る港までは3時間もかかる。

それでも、また海が見えてきて感激。今度はテレニア海だから、沿岸をずっと北に行くとアマルフィがある。高台のレストランの庭からは遠くシチリア島が見えた。

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一面に咲いている黄色い花はオキザリス。日本で鉢植えで350円とかで売られている。

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食事は生ハムとパスタ。なかなか美味しかった。

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先回はレッジョ・ディ・カラーブリアの埠頭に面した小さな食堂だったが、鰯のマッケローニ(松の実入り)がおいしかった。今度も食べられるかなあと思ったが、鰯は入っていなかった。

私の人生での三大感激パスタはレッジョ・ディ・カラーブリアの[鰯のマッケローニ]、フィレンツエの食堂の[バジル・ソースのスパゲッティ]、アッシジの[木の実(Noci)のスパゲッティ]なのです。

私が食べたものは、観光客向きに作ったのか、トマト味だったが、ある本によると、シチリアの[Pasta con le sarde]はオリーヴ・オイル系で、イワシ、松の実、ウイキョウのソースでマカロニを和えたものだという。東京で作るときはウイキョウは高くて入れられない。シチリアでは山にいっぱい生えているから使えるわけね。

シチリアへ渡る埠頭は2つあるが、車ごと渡るにはレッジョ・ディ・カラーブリアの埠頭からちょっと北に行ったところのヴィラ・サン・ジョヴァンニの埠頭を使う。運が悪いと延々と待たされるのだけれど、すんなりとフェリーのお腹に入った。

メッシーナへは約1時間の≪青い地中海の船旅≫だ。バスから出て上に行ったり、下に行ったり。修学旅行の小学生のようね。

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対岸が近づいてくるのを見ると(実際は船のほうが岸に近づいている)、私は興奮した。古代の人たちがこうやってシチリアに渡ったんだ、なんて想像して。

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でも、それは勝手な想像だった。ギリシャ人が渡ってきてマーニャ・グレーチャ(大ギリシャ圏)を造ったときはもっと南のシラクーザに上陸したのだ。

メッシーナはイタリア半島に隠れた場所にあり、メッシーナ海峡を短時間で渡れる連絡船の町である。地中海を航行する大きな船はパレルモの港から出る。
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2008年01月28日

2006年の世界遺産マテーラ再訪

2006年3月 同行者Mちゃんは私が96年に撮ったマテーラの写真を見てぐっと来て、自分も行ってみたいと言った。それで、南イタリア&シチリアならもう一度来ても良いと思って、同じコースに一緒に来た。私も物好きなものです。(1996年の驚きと感動いっぱいの記事も読んでね

まず、あの展望台に。Mちゃんは、「ここだわ、あの写真の場所ね」と喜んだ。

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ここから見える洞窟住居地区は谷に向かう斜面にできている。細かい修復はあるかもしれないが、ほとんど10年前のままだった。おかしいのは手前にある電線も同じなのだ。ドウモの左側には新しい建物もある。この左に新市街が広がっている。

よーく見ると、昔よりこぎれいになっている。駐車している車もけっこうある。

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展望台の右手にはカヴェオーソ教会がある。ちょうど映画の撮影をしているところだった。17世紀に建てられたものだが、このような断崖絶壁に立つ教会も少ないだろう。

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10年前は廃墟に目が釘付けでこの教会の美しさに気が付かなかったが、今回はこの写真が一番好きだ。

それからまた歩いて、教会の後ろ側に行った。遠くにドゥオモが見える。

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ここには中が見学できる洞窟があって、みんなは入ったけれど、私は閉所恐怖症ということで、行かなかった。本当は、貧乏な人たちが病気で死んだような場所に物見遊山で入りたくなかったから。それより、断崖の上の遊歩道を歩くほうがいい。

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こちらがわは開発されていないらしく、本当に廃墟ばかりだ。深い谷底には河が勢いよく流れている。季節のせいか、水が多い。

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左側を見る。こちらもステキだ。

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マテーラという街が岩山をくり抜いて造られて行ったのが解る。

食事は洞窟を利用したレストラン、[イル・テラッツィーノ」で食べた。観光地にしてはまあまあ良かったが、先回、広場の[ダ・マリオ]で食べたパスタのほうがずっとおいしかった。

洞窟を利用してホテルもできている。超高級ホテルだそうだが、料金を高くとらなければこんな面倒な場所で運営はできないだろう。ホテルの入り口のテラスで。

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開発は進んでいるらしいが、壊れたままのものもあった。コンセルヴァトワールのファサード。左の搭の時計ははがれていて、鐘もない。味があってとてもステキだと思う。

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ここがコンセルヴァトワールだと解ったのは先回ヴァイオリンなどの音が聞こえてきたからだ。国立音楽院とはとても思えない愛らしい建物をデジカメで撮ることができて嬉しかった。

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1996年のマテーラ、廃墟の街

マテーラは1993年に世界遺産になったところだから、それから3年後に訪れたことになる。バスを降りて岩窟教会というところに入る手前の展望台に立ったとき、アルベロベッロ観光でシラケた私の頭が何かにガーンとぶん殴られたような感覚があった。ここには何だか知らないが【本物】があるぞと身が引き締まる思いがした。

正面から左に広がる廃墟のような街。

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かなりしっかりした建物なのに黒い穴がボツボツと空いていのが見える。戸も窓ガラスもない。廃墟なのだ。よく見ると段々になった建物の屋上に道が通っている所がある。

私はなぜかこんな廃墟に魅入られてしまって、他の人たちは洞窟教会の見学に入って行ったが、残ってこの風景を見ていた。

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展望台から下を覗くと深い谷。岩山が浸食されてできたのだろう。細い川が見える。 

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教会から出てきた人たちと合流し、バスのパーキング場まで歩いたが、人はみかけなかった。改めてガイドブックを読むと、マテーラは農業に適さない貧しい村で、ここから多くの人々がアメリカに移住したと書いてあった。

団体バス旅行では考える暇がないから、そのときふと頭に浮かんだ疑問がもういちど頭に戻ってきたのは日本に帰って写真を見たときだった。【農業に適さない貧しい村】というのは当然だ。だってあの岩山で何の作物ができるというのだ。しかし、それなら、なぜあれほどの立派な建築物のある町が存在するのだろう? 金鉱があったとか、農産物ではない資源があったに違いない。

しかし、調べて見ると、マテーラの町を作ったのは産業ではななかった。8世紀に東方のギリシャ・ビザンチン教会の修道僧たちが移住してきて地上に地下に100を越える教会を作ったのだ。

岩山をくりぬいてカッパドキアに町を作ったのと同じ技術がここで生かされたのだ。ついこの間建てられたような堅固な建築物。写真の丘に高くそびえる教会は13世紀のもの。中世文化の程度の高さがよく解かる。

昔もマテーラは確かに住み難い町であったらしく、これらの建築物はその後、住居というより倉庫などとして使われていて住民は町の外に住んでいたらしい。

マテーラが突然イタリアで最も貧しい地区になったのは、1800年から1950年で、このときから【洞窟家畜小屋】が【洞窟住居】となって再び人が住むようになった。町の衰退には経済的な理由だけでなく政治的な理由もあったらしい。

その後、住民はインフラの施しようのない洞窟の町から新しい場所に移住させられて、今ではかなりの部分がUNESCOによる保存地域となっている。廃墟とはいえ、昔から変らない風景が保存されるのは素晴らしいことだ。

このマテーラの町を現代に生かしたものがあった。それは映画だ。メル・ギブソンという私の親友の好みの俳優がキリストの最期を演じた映画【パッションの撮影ではマテーラはエルサレムになった。エルサレムには大きな門が必要だ、ということで発砲スチロールで門が作られ、本物と見分けがつかなかったという。

1985年には私の好みの俳優のリチャード・ギアがダヴィデ王を演じた。ギアは今でも大根だが、前はもっと大根で、この【キング・ダヴィデ】も駄作だったらしいが、「この映画に出演しなかったらあのマテーラという≪時の止まった町≫を見る機会はなかっただろう」と言っている。良いこと言うなあ、さすがにギアさまだ。

私もシチリアへツアーで行かなかったらあのマテーラという不思議な町を見ることは絶対になかったと思う。旅では思い込みが強すぎて、がっかりすることもあるが、思いがけない物に出会えて感激することもある。マテーラは後者だった。

2006年にマテーラを再訪し、デジカメで鮮明な写真を撮ってきました。⇒http://italiadaisuki.seesaa.net/article/81094239.html
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2008年01月27日

南イタリアとシチリアには2006年にも行ったので・・

96年の南イタリアとシチリアの旅ははじめて団体旅行を経験した旅だったが、ワールド航空が気に入って、同じコースを2006年にも旅行してしまった。

96年の旅程にあって2006年になかったのはこの前の記事、[ソレント]だけである。

一方、96年になくて2006年にあるものはデジタル・カメラ。96年版は写真をコピーするのでとても大変。ということで、この後の記事は2006年版に書くことにしました。

(マテーラだけは初めの感激がすごかったので96年版もアップしました)

[2006年南イタリア] ポンペイ、ナポリ考古学博物館、アマルフィ、アルベロベッロ、マテーラなど、ほぼ書き終わりました。⇒http://italiadaisuki.seesaa.net/category/1351230-1.html

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[2006年シチリア] タオルミーナ、シラクーサ、カルタジオーネ、アグリジェント、ピアッツア・アルメリーナ、チェファル、パレルモ、エリーチェ、セジェスタ、などで、これから書いていきます。
http://italiadaisuki.seesaa.net/category/1351234-1.html


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2008年01月25日

アルベロベッロ

アルベロベッロの旧市街は道路を隔てて2つに別れている。トゥルリに普通に人が住んでいる住宅街。

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屋根と屋根がくっついているのは、水を受けて下の水槽に溜めるためだってNHKのドキュメンタリーでやっていたっけ。

ここから反対側の地区を見たところ。この風景がいちばんアルベロベッロらしいかもしれない。

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反対側の地区のお土産物街は昔のままで、相変わらず戸口に店員が立って客引きをしていた。すてきな坂なのに、ほんとうに興ざめである。

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先回のアルベロベッロはガイドがお土産屋の日本人妻で、みんなをごっそりと自分の店に連れて行ったので、印象が悪かった。今回は同じワールドのツアーだけれどこのガイドは使わなかった。

なるべく店員と目を合わせないようにして歩いたが、横から日本語女性の声が・・。「入って見てください。2階にも登れますよ」10年前と同じセリフだ! その女の人に「ヨウコさんでしょ」と言うと、目を真ん丸くしていた。

それから日本の雑誌で有名になったらしいマリアさんの店に行った。ここの織物はどれも欲しくなってしまうが、10年前にごっそりと買ってきたが、全部使わずに残っている。日本ではそんな高級な織物を使うような生活じゃないのだ。それで、ティッシュケースボックスなどの小物を少しだけ買った。

夕飯のレストランもこの路にあった。このレストランの前だけが客引きがいなかった。

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観光レストランだと思ったが、食事もおいしかった。ホテルは駅の側なので、帰りはちょっと歩いたが、超安全な街で、のんびりした夜だった。
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アペニン山脈を越えてアルベロベッロへ

2006年3月22日 朝早くアマルフィを出発した。細い道は通勤渋滞で交通整理のお姉さんたちが出ていた。そうでないとみんな自己主張して車がすれ違えないのである。サレルノの街に出るころには道も広くなったが、すぐに海を離れてアペニン山脈をめざした。

まだ雪の残るアペニン山脈を遠くからみたときは、わ、雪だ、と喜んだが、山の中には何もなかった。春の芽吹きを待つ木々がどこまでも続いていた。唯一の動きは小川で、道の右に現れ、左に現れ、私たちとともに下流に向かうのだった。岩にぶつかって白く泡立つ急流が穏やかになるころに、やっと家畜が現れ、のどかだなあと思ったが、工場なども現れて、このバジリカータ州が他の州に比べて貧しいのが想像できた。

マテーラはこのバジリカータ州にあるのだが、今日は、その先のプーリア州にまで入ってアルベロベッロに泊まるのである。

アルベロベッロの近くの野原には朽ち果てそうなトゥッリが点在していた。オリーブ畑の世話をするときの小屋として使われているようだが、桜だか桃だかの木があって、昔はここで人が生活していた気配がある。

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お土産物屋になっている市内のトゥッリよりずっとステキ。時間があったら、早春の野原の小屋を見てまわりたいけれど、ツアーなんで無理。
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