2014年02月28日

ナヴォ―ナ広場、四大河の噴水

2012年3月23日 ナヴォ―ナ広場、四大河の噴水

ナヴォーナ広場中央にある四大河の噴水は一番大きく、ベルニーニが設計した噴水であるにもかかわらず、背景が酷いのでめだたない。

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オベリスクはサンタニェーゼ・イン・アゴーネ教会のコラムや鐘楼の縦の線のひとつになってしまう。

彫刻はごちゃごちゃした装飾に溶け込んでしまう。

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残念なことだ。

もし、向うの建物のような茶色だったら、映えたのにと思う。

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白なら、サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会のファサードのようなシンプルなものだったら、と、どうにもならないことを考える。

そうすれば、オベリスクを乗せた子象のように引き立ったことだろう、と。

ボッロミーニの建築が背景に見えないように撮ってみよう。

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すっきり。

ベルニーニは動きのある群像の設計では古今東西で最高の芸術家だと思う。

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360℃見渡せる目があったかのように、どの方向から見ても完璧だ。

ナイル川を表す棕櫚だか椰子だかがある。顔を出す動物も面白い。

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花や草などの装飾をつけても、中央の岩が荒削りなので映えるのだ。

ベルニーニはオベリスクが好きだ。

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エジプトの象形文字が見える。
世界に君臨していたローマの過去がわかる。

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ナヴォ―ナ広場周辺が今回のローマ滞在の目的

2012年3月23日

パンテオンの前にホテルを取ったのは、ナヴォ―ナ広場周辺をじっくりと見るためだった。

古代ローマの競技場だったこの場所は予想以上に長かった。
お菓子でいうと、ラング・ド・シャのような感じ。

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中央から南側。

よし、180度動かして撮ってみよう。

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なんだか、建物が蛇のようになってしまって変だが、この左側にまだまだ建物が続くのだ。

他を回ってから南端から撮ろうと思ったが、あっさりと忘れた。
広さ、長さを体験できたことで満足しよう。



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やはり、トレヴィの泉は見ておこう。

2012年3月23日 予定はしていなかったが、歩いてすぐに行けるので、トレビの泉を見てきた。

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朝早いので人影もまばら。

ネプチューンも、海馬もトリトンたちが白く輝いている。

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こんなにきれいな泉だったっけ。
前に来たときは余りの人の多さに閉口してすぐに帰ってきたのだった。

後ろのバロック建築のアルコーブから抜け出したようなネプチューン

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ローマはバロック建築の街であり、噴水はほとんどがバロックの産物だが、このすがすがしい美しさは他と違う。

なぜだろう、と思ったが、たぶん、この噴水の幅広さが美を生んでいるのだと思う。

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横だけでなく、前にも張り出していて空間美ができている。
そのぶん噴水の前は狭く、観光客でぎっしりになる。

美しさが納得できたので、滞在時間4分でパンテオン広場に戻った。
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2014年02月27日

パンテオン界隈のレストラン(1)ラ・ロゼッタ

2012年3月22日

パンテオン界隈は広場に向かって細い道が何本も降りてきているという構造で、お店はどれも古く庶民的だ。

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ローマ第一日目はシチリア料理のラ・ロゼッタに行った。

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ラ・ロゼッタも細い道に面している。

こじんまりしたショーケース、

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シンプルな入口、

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でも、入ってみると黒い制服を着たウェイターが何人もいて、高級店だとわかる。

いつもは食事の席では写真を撮らないのだが、今回は料理好きの同行者が撮ったので写真をもらった。

アミューズ・グール

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このとき、なんとなく、皿ばかり大きい店は・・と思う。

オードブルの盛り合わせ

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大きなウニは特別な感じがするが、私たちには足りない。

生牡蠣を追加。

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これでひとまず空腹が埋まり、満足。

次も小さい。

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ううむ、シチリアのどこでも食べたことのない料理
懐石と思えばよいのだが、懐石はきらいなんで。

スパゲッティの量はちょうどよかった。

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味はとてもよかった。

メインは私は魚

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ここにきて急にボリュームが出てもなあ。

最後のデザートは大満足だった。さすがシチリアの伝統。

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繊細な味。

他の人のブログを見ると、感激していたり、またぜひ来たいと書いてあったりしたが、わたしたちはもう一度ローマに来ても絶対に行かないだろう。

ここは金持が妻以外の女を連れてくるようなレストランである。
あるいは金持のゲイのカップルとかが。

一週間滞在したので、もっとおいしく、素晴らしいレストラン発見したしね。
⇒後で書きます。

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サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会のカラファ礼拝堂

2012年3月22日 サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会のカラファ礼拝堂

フィリッピーノ・リッピの絵とその上に描かれた国際ゴシック的な天使たちが好きなのだが、これも先回は全体を撮っていなかった。

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フィリッピーノ・リッピの受胎告知の形を借りた〔トーマス・アクイナスの勝利〕

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上部の絵。

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聖母被昇天だが、このテーマはマリアの処女性とともに理解できない。

私の好きなのはこの雲を持ち上げる天使たち。国際ゴシックにこの図柄がある。

この絵を含め、内部については2008年の記事にいろいろ書いてある。

でも、他の絵には興味ないし、ミケランジェロの彫刻には興味がないし、ガイドブックを書くわけでもないから、気に入った美しいものを残しておくだけでよいと思う。

美しいものとして付け加えておくのは、このほとんど剥が落ちたフレスコ画

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スタッコで飾られた礼拝堂

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長くいるとカトリック教会臭さに嫌になるから、美術品を鑑賞して立ち去る。
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サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会の美しいステンドグラス

2012年3月22日 サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会のステンドグラス

サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会の主祭壇、並んだ蝋燭の向うにステンドグラスが見える。

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ステンドグラス自体にはそれほど興味がないが、きれいだと思った。

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そうだ、ついでに丸窓も撮っておこう。

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これを模した花火なんかができたら素敵だと思う。
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サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会の美しい青い天井

2012年3月22日 サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会の青い天井

サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会は2008年に来たところだが、前を通るので寄ってみた。

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その時のお目当てだったベルニーニの子象は建物の陰になってよく写らなかったが、2008年10月の美しい写真があるのでこれで十分だ。

サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会がローマ唯一のゴシック教会だと思って来ると、ゴシックの建物が無いので不思議に思うだろう。

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ファサードは後代の新中世様式で、このドアを入るとゴシックの世界が広がる。
この落差は倉庫のドアをくぐると中はクラブだった、という感覚。

サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会の内部で最も好きなのが天井に描かれたフレスコ画なのだが、先回は細部に夢中で全体を見ていなかった。

今回は教会全体からこのフレスコ画の位置を確認しよう。

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高い天井を見上げるのは身体的にすごく苦痛だが、この高さにあったからこそ、このフレスコ画が残ったのだと思う。修復はあったとしても。

天井の青いフレスコ画は主祭壇の上までも伸びている。

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実際は教会内部は暗いので光を調節しないとこういう風には見えない。

体を曲げ、ぶれないようにカメラをしっかりと支え、撮りまくる。
もう来られることは無いだろうから。

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十分に堪能した。
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2014年02月14日

ホテル アルベルゴ・デル・セナート

2012年3月22日 ホテル アルベルゴ・デル・セナート

もう一度ローマに来ることがあったら、またこのホテルに泊まりたいと思う。

パンテオンの斜め前にあるアルベルゴ・デル・セナート

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次回はできたら最上階に・・

エレガントなホテルである。

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美しい部屋

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ジュニア・スイートなので余裕がある。

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清潔で上品

最も重要な朝食ブッフェの質も申し分ない。

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歩いて30秒のところにカフェ、TAZZA D’OROがある。

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界隈については前に書いたように、ジェラート屋とレストランが集合している。

自分にぴったり合うホテルはなかなか見つからないものだから、嬉しかった。
また行けますように。






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カピトリーニ美術館の魅力 彫刻(8)新宮の彫刻に別れを告げて

2012年3月22日(木)の記事だけで25も書いた。カピトリーニ美術館についてだけで15である。

写真は100枚見直したところで、まだ700枚ある。興味はつきないけれど、残りの彫刻はさっさと済まそう。

天井には建築装飾の一部が

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コーラ・ディ・リエンツォの家にもこのような古代のフリーズが付けられていた。

石棺の浅浮き彫りはオスティア・アンティーカの遺跡内の博物館にたくさんあったが、選ばれてカピトリーニに飾られる作品は状態が良く洗練されている。

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こちらは上の人体が残っている。

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女性のようだ。小犬が(頭は無いが)いるし、右のほうに幼児の足が見える。
下の浅浮き彫りを見ると、成人した男の子が2人いたようだ。



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この壷(urn)と台座は別々のものかもしれない。

一階に下りてもまだまだ魅力的な彫刻が並ぶ。

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でも、この辺で終わりにしなければ。

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前に何度も来たことがあるのでパスしようと思っていたカピトリーニ美術館、パスしなくてよかった。

自分が成長すると視野が広がり、物言わぬ遺跡の語りかけてくるものが解ってくる。

旅の相棒はローマはもういい、というけれど、私にとっては宝の山に見える。






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2014年02月13日

カピトリーニ美術館の魅力 彫刻(7)マルフォーリオ

2012年3月22日 カピトリーニ美術館

新宮の中庭に横たわる大きな彫像はマルフォーリオ、MARFORIOと呼ばれる。

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マルフォーリオはローマ時代の彫刻で、フォロ・ロマーノの中の噴水に横たわっていた。

どう見ても川の神で、テヴェレ川に注ぐネーレ川であるという。
どこにでもそう書いてあるから、根拠があるのだろう。

1588年に法王シクスタスVの命によりフォロから運び出された。

そのときに「MARE Di FORO」フォロの海、という名が刻まれていたのでマルフォーリオという名になったという説を支持する。
隣がMARSの神殿だったとか、貴族の名前からだとかいう説より信じられる。

マルフォーリオはまずはサンマルコ広場に置かれた。

1592年にカンピドリオ広場に移動され、噴水を飾った。
1594年には修復が行われ、片足、両手、持物、装飾などはその時に作られた。

この場所はサンタ・マリア・アラチェリの外壁で、17世紀半ばに新宮建設のために再び移動させられた。
18世紀になって新宮ができて、この中庭に設置された。

上の浅浮き彫りはその時の教皇クレメンスXII。ローマ数字で1734年とある。

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この像が「物を言う像」であると言われるが、実際に喋るわけではない。

政府に対する抗議文が貼られたのでそう言われるのだが、この像が特別なわけではなく、ただ人目につく場所に置かれていたからだ。

「物を言う像」は他に5体あるが、どれも街角のシャビーな像で、今でも張り紙が貼ってあったりしている。

マルフォーリオ自体も芸術性は低い作品である。だから長いことフォロに放置されていたのだと思う。

マルフォーリオは狭いお風呂のような水盤に浸かっている。
窮屈だろうと思ったが、後に運び出されたオリジナルの水盤もそれほど大きくはない。
クイリナーレ広場が改修されて、馬を引くディオスクーリの双子の像の間に他所にあったエジプトのオベリスクが設置されたときに、水盤はその前に置かれた。

まん丸な水盤は新宮のアルコーブには入らないからか、灰色の大理石は調和しないのか、マルフォーリオと再び一緒になることはなかった。

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カピトリーニ美術館の魅力 彫刻(6) 皇帝の間の中央に座るエレナ

2012年3月22日 カピトリーニ美術館

なぜ、皇帝の胸像が並ぶ部屋の真ん中にこの女性がゆったりと座っているのか、疑問を感じていた。

名前はHELENA(ELENA)

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コンスタンティヌス一世の母だということは解ったが、それくらいでこのような立派な彫刻ができるものなのだろうか。

皇帝たちの歴史自体にはそれほど興味はないが、この女性には興味が沸いたので調べてみた。

ヘレナがコンスタンティヌス一世の母というタイトルしか持たないのは、フラヴィス・コンスタンティウスの前妻であったか、側室であったか、愛人であったか定かではないからだ。

フラヴィスはコンスタンティヌスが生まれた後に妻子を残し(又は捨て)、皇帝の娘テオドラと結婚する。
テオドラは数人の子供を産んだが、後を継いでローマ皇帝となったのはヘレナの息子コンスタンティヌスであった。コンスタンティヌス一世は母の名前から都市にHELENOPOLISとつけた。

ここまでは息子が出世したラッキーな母親物語だが、ヘレナ自信も優れた人物だった。
コンスタンティヌス一世がキリスト教を公認したとき自分も改宗し、78歳のときにパレスチナの聖地巡礼に出かけた。ゴルゴダの丘にも行っている。亡くなる2年前である。

そういうことから、聖女としてサンタ・ヘレナの称号をもらい、お墓はサンピエトロ寺院に祭られている。

ヘレナ(エレナ)はカピトリーニの彫像では持っていないが、聖女として絵に描かれるときは十字架を持っている。サン・ピエトロ寺院

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女性が十字架を持っていることは少ないので、これも興味深い。

やはり、彫刻が飾られた場所から察したとおり、ヘレナ(エレナ)は只者ではなかったのである。

自分の直感を信じて疑問を持ち、そこから調べていけば何とか真実(らしきもの)に到達できる。


参照文献:http://vangelodelgiorno.org/main.php?language=IT&module=saintfeast&id=507&fd=0
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2014年02月12日

カピトリーニ美術館の魅力 彫刻(5) 愛らしい少女と幼児の彫像

2012年3月22日 カピトリーニ美術館

鳩を抱く少女はギリシャ彫刻のローマン・コピーだが、見るものを和ませる数少ない作品だ。

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おどろおどろしい浅浮き彫りのパネルや男たちの胸像の前で楽しく遊んでいる。

同じ幼児でもこちらは勇敢なヘラクレス

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夫ゼウスの愛人の息子であるヘラクレスを殺そうとヘラが蛇に襲わせるが、ヘラクレスは反対に絞め殺してしまうのである。

といってもこれはヘラクレスではなく、実在の幼児をプチ英雄に似せて創ったもの。

カラカラ帝かマルクス・アウレリウス帝の息子だろうと言われている。
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カピトリーニ美術館の魅力 彫刻(4)ふたつのミネルヴァ像

2012年3月22日 カピトリーニ美術館

カピトリーニ美術館のリストにあったこの彫刻にはMINERVAとだけ記されている。

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ローマ時代の彫刻なので、ATHENA PROMACHOSと記すのは不適当だが、作風的に見ると、アクロポリスの丘にあったブロンズ像のATHENA PROMACHOSと同じだからそれもアリか。

promachosとは第一線で戦うということで、フル装備で槍をかざす姿を示している。

槍は壊れたのかついていないが、手の形が槍を握っているようだ。
もっとも、きれいな手だけが残るのも変だから、手全体が修復されたのかもしれない。

さて、こちらはリストに無かったが、ミネルヴァだと思う。

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左手は完全にもげていて、右手にも槍はないが、腕の角度から見て重いものをしっかりと握っていた感じがするではないか。

衣服は上のミネルヴァと似ている。
胸の下できちっとタスキをかけ(ているみたいで)、戦い易い服装ではないか。

でもなあ、兜もないし、ミネルヴァではないかもなあ。

しつこく写真を探すと、頭の上の変な形の突起物と同じ形をバチカンのミネルヴァの頭に見つけた。
ミネルヴァであると確信できた。
posted by iconologist at 17:52| '12 ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カピトリーニ美術館の魅力 彫刻(3)軍神マルス像のピュロス

2012年3月22日 カピトリーニ美術館

この軍神マルス像を見て驚くのは素晴らしい衣装である。

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16世紀にネルヴァのフォロで発見されてから貴族たちの手にわたり、18世紀にクレメンテXII世が購入してカピトリーノに置いた作品だが、信じられないほどの保存状態だ。

目の前にあるのでよく見ることができる靴だけでも精巧さがわかる。

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アトリビュートである狼、キツツキ、武具などが備わっているので、軍神マルスであることは間違いないが、なぜピュロスなのか。

紀元一世紀にローマで創られた彫刻になぜ紀元前3世紀のエピロス(およびマケドニア)王、ピュロスの名前が冠されるのか。

ピュロス王は無鉄砲だが優れた軍人であったところから軍神マルスと重ねたということか。

ひとつの根拠はフリンジに描かれた象で、オリュンポスの山にはいない動物だ。

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山羊と象が交互に描かれている。

論議はあったが、消去法とこの象によってピュロスに落ち着いたらしい。



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カピトリーニ美術館の魅力 彫刻(2)ギリシャ彫刻のローマン・コピー、カピトリーノのヴィーナス

2012年3月22日 カピトリーニ美術館

カピトリーノのヴィーナスは有名で、専用の小部屋の中央にある。

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これは後姿も鑑賞するためである。
ギリシャで初めての女性の全身裸像である。

前出のサテュロスと同じくプラクシテレスの「クニドスのアフロディテ」のコピーだと書く本があるが、それほど単純なものではない。

プラクシテレスの作品は売れなかったのでクニドスの街に飾られ、それが評判になって金貨が作られたので違いがわかる。

両手で胸と下腹部を隠すのではなく、右手で下腹部だけを隠している。

金貨のヴィーナス

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こちらは両手で隠し、胸に添えた手は逆の右手である。

もともとアフロディテの左手は衣服を壷の上に置かれていて、これは重要だ。
この動作は水浴び(入浴というより)によって純粋さ(純潔ではなく)を取り戻す意味のある動作なのである。

ヴィーナスは官能的に描かれることが多いが、ギリシャ時代にはこのような慎ましやかなヴィーナス像(Venere Pudica, Modest Vinus)が多い。

まあ、女神の本性から思えば、このような隠すという動作はむしろ裸を強調するものだ、という説もうなづける。

私としては、このヴィーナスは頭が大きくてバランスが悪いので、好みではない。

しかし、審美眼という点で尊敬するナポレオンは違った。
トレンティーノ条約の名の下、ヴィーナスをフランスに拉致したのである。

しかし、コピーを造ったあとに1816年、変換したのであった。
めづらしいことである。

彫刻はコピーが造れるからだろうか。
多くの絵画の傑作は持ち去ったままである。





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カピトリーニ美術館の魅力 彫刻(1)ギリシャ彫刻のローマン・コピー、寄りかかるサテュロス

2012年3月22日 カピトリーニ美術館

この寄りかかるサテュロスの彫刻はカピトリーニ美術館の中で最も美しい作品だと思う。

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両脚の太腿がこれほどきれいな像は見たことがない。
寄りかかる動作により生まれる不安定さがさらに美しさを倍増させる。

階段の途中のアルコーブに置かれたこの像がサテュロスだと後で知って驚いた。

サテュロスといえば半人半獣のいやらしいオヤジではないか。
太腿は毛むくじゃらだし足は蹄ではなかった?

どこにサテュロスとわかるものがあるのだろう。

階段から見上げるだけでは見えなかった耳の形だ。見づらいが確かに尖っている。

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目のあたりはキアヌ・リーブスに似ていて、鼻の先がちょっと丸くてアイドル顔だ。

あ、肩にかかるのはただの布かと思ったが、ヒョウの毛皮であった。

これはヘレニズムの彫刻家、プラクシテレスの系統(又は本人)の作品のローマン・コピーである。

私が惚れたのと同じく、人気があったらしく、100体以上が造られた。

カピトリーニ美術館の「寄りかかるサテュロス」はその中で最も秀逸な作品だという。
これに出会えたことは幸運だった。

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2014年02月11日

新しくなったカピトリーニ美術館の魅力(7) タブラリウムから眺めるフォロ・ロマーノの絶景

2012年3月22日 カピトリーニ美術館

タブラリウムの長い通路の途中に広く長い階段がある。

真っ黒な天井の向こうに小さな空が見えた。

挫けずに昇る。

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じゃじゃーん、

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眼下に広がるフォロ・ロマーノ!

市庁舎の横の道から見る景色が絶景だと思っていたが、ここが特等席だった。

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ここはカピトリーニ美術館に入り、タブラリウムの地下通路を通った人しか入れないテラス。

こんなに素晴らしい景色が待っているのに、人が少ない! 

勿体無いことだが、独り占めできる幸せに浸った。




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新しくなったカピトリーニ美術館の魅力(7) タブラリウム 女神カエレスティスの足

2012年3月22日 カピトリーニ美術館

足の裏のレリーフというものを初めて目にした。

何の意味があるか、わからないが、女性の足であることは確かだ。

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細く美しく、親指がいちばん長い。

これはPIEDI A CAELESTIS、 女神カエレスティスの足。
テキストにはカエレスティスに対する献辞が書かれているという。

なぜ2方向に向いているかというと、行きと帰り。
この図案は良い旅を願うものだから、玄関先かなんかにあったのだろうか。

隣町に行くにも当時は旅になったのだと思われる。
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新しくなったカピトリーニ美術館の魅力(7) タブラリウム 太陽神の彫刻の解読

2012年3月22日 カピトリーニ美術館 タブラリウム

ローマ時代の公文書館の上には市庁舎が建てられ、今では地下となっているが、ここにコンセルヴァトワール館と新宮を繋ぐ通路が作られた。

通路の両側にはさっさと通り過ぎては勿体無いような展示物が並んでいた。

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これは太陽神である。光輪だけでは普通の神だが、鷲がいるから。
鷲は太陽の光に眩むことなく最も近くに行ける動物である。

この彫板の素晴らしいところはテキストがはっきりと読めるところだ。

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では、何が書いてあるのか? 
写して書いてあるブログは多いが、意味は自分でも考えなければならない。

私はまず、SOLIでつまづいた。太陽ならSOLである。
ひとつしかない太陽に複数のIを付けるのはなぜなんだろう。

それが、最近、他の文献を見ていて解ったのである。

IはINVICTISのIだった。
SOL INVICTIS 克服されざる太陽神の略がSOLIだった。

一行目は最も聖なる太陽神を褒め称える文。

次には人の名前が並ぶ。

TI(BERIUS) CLAUDIUS FELIXとあるから、皇帝の名前だろうか。
しかし、皇帝のものとしては余りに小さい。

その下にも TI(BERIUS) CLAUDIUS ALYPUSとあるが・・
そのとき、FILという字にピーンと来た、これは息子である。

すると、真ん中のCLAUDIA HELPISは妻。

そこで調べると、FELIXは皇帝クラウディアスの元で働いていて、そういう場合このように皇帝の名を前につけるらしい。息子ALYPUSも同様。

妻にはTI(BERIUS) CLAUDIUSという皇帝の名が付いていないから専業主婦だろうか。

下のMERITOという文字も何かしら与えられる権利があるという風に思える。

別の文献でCALBIENSESが地名で官舎があった地区らしいと解り、
じゃあCOH(ORTE)は日本でも何とかコートという建物の名前だと察し、
IIIは三号棟なんだろうと解ってきた。

となると、これは官舎の在住許可証みたいなもので家の前に置いてあったのかもしれない。
(私見なので他で使わないこと。恥かくわよ)

こちらには夫婦の彫像が刻まれている。上には2匹の犬が描かれている。

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テキストは薄れているし、解読はもう疲れた。
墓石だろうか。そうならつつましい夫婦な感じがする。

こちらには握手する二人のすてきな彫刻が刻んである。
やはり墓石だろうか。

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こういう絵の意味がすぐに解れば私も唯野主婦ではなく、尊敬されるセンセーになれるのになあ。




  
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2014年02月10日

新しくなったカピトリーニ美術館の魅力(6)カフェで昼食

2012年3月22日 カピトリーニ美術館

ガラスの向こうには庭園があって、光が降り注いでいた。

馬の真っ白い彫刻も濃い緑色の樹木を背景に輝いている。

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レプリカだけど、美しさに影響はない。

そのとき、建物の屋上になにか新しいものがくっついているのを発見。

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あれはカフェの屋根に違いない。

係りの人に聞くと「あそこは高い」と首を振ったが、美術館に来たらカフェに行くのが楽しいので行ってみた。

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紙ナプキンに期待していなかったが、まともなおいしい食べ物が出てきてうれしかった。

では、光の差してくるドアの向こうに出てみよう。

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そこにはローマの北側の景色が何者にも遮られずに広がっていた。

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感動する!とはこういうことを言う。

西側から少しづつ見ると、

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遠くのヴァチカンのクーポラも見える。

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公園の花咲く木々、プリマヴェーラよね!

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マルケス劇場もアポロ・イン・チルコ神殿も見える。
あの前を歩いて来たのだった。

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そして、一番東側にはヴィットリアーノの後姿、サンタ・マリア・アラチェリ教会、カストルとポルックスのディオスクーリの双子の像、と必須事項がみんな一緒に見える。

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このテラスに上って来なくては見られない景色なのだった。
大感激である。
posted by iconologist at 17:17| '12 ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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