2008年12月04日

ティヴォリ、ハドリアヌス帝の別荘 @

2008年10月9日 午前中にエステ家の別荘(Villa d'Este)を見て、食事をしてからハドリアヌス帝の別荘(Villa Adirana)に着いた。門から遺跡らしきものがある所まですでにハイキングコースのように木が茂っている。長いに開いた入り口を入るとそこは広大な公園が広がっていた。

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別荘なのになんでこんなに広いのだろう。こんなに広いのになぜ別荘と呼ぶのだろう。同じ質問が何度も頭に浮かんだ。

世界遺産だし、余力があったら来てみようと思っていたから、ガイドブックは[地歩]だけだった。疑問だらけの中歩き回って、鑑識が現場写真を撮って帰ってきて調べるように家で調べたら、疑問が解けて、やっと、面白いものを見たのだと解った。

まず、ここは別荘ではない。街である。ハドリアヌス帝はスペイン人で、トラヤヌス帝の死後にローマにやってきたので、お友達がひとりもいなかった。そこでここに街を造ったのだった。ローマ皇帝なので、ローマが本宅でこちらが別荘となっているが、ほとんどここで過ごしていた。

次の疑問は、ポイキレ、カノプスというような訳のわからない言葉。カノプスはエジプトの地名で、ポイキレはアテネにあるストア・ポイキレを模したので付けたものだった。

ハドリアヌス帝はローマが嫌いで、外地ばかり訪問していて自分の見た素晴らしいものをここで再現したのである。だから、統一感がないのは当然だった。

そうやって調べてみると、初めの写真の塀と思ったものは塀ではなくて、ダブル・ポルティコの外側の部分だった。内側のプールに面したほうには列柱があったわけだが、全部壊れて、外側の堅固な部分だけが残った形だった。

何も無いと思ったところも、良く見ると家の基礎の石があり、ここに小家屋がぎっしりと建っていたことがわかる。


私は有名なカリアティッドの並ぶカノプスをどうしても見たかったので、一番奥まで急いで歩いた。

2008年10月16日 196.jpg

ここはここで素敵だったけれど、知識があったらもっと細かく見たと思われる場所をざっとしかまわれなかった。 

ハドリアヌス帝の別荘は一日かけて手元にガイドブックを持って見ないと面白くないと思う。今度はもっと事前に勉強して、ノートを作ってきて見ようと思う。

世界遺産なのに、団体客はゼロ。個人も2時間歩いて10組くらいだったろうか。これからもっと整備されるだろうが、説明のボードが現場に置かれたらいいのにと思う。

ハドリアヌス帝の別荘の目次

A カリアティッドの並ぶカノプス
B 広大なポイキレは何だったか?
C 太陽暖房付き浴場
D 大浴場、小浴場
E 列柱で囲まれたプールのある館、皇帝のウィンター・パレス
F 消防士の宿舎、大きな倉庫、
G ヴィーナスの小神殿
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posted by iconologist at 10:55| Comment(0) | '08 ティヴォリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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