2008年12月05日

ティヴォリ、ハドリアヌス帝の別荘A カノプスとセラピス神殿

2008年10月9日 カノプスはハドリアヌス帝の別荘の南の端にある。直線距離では1キロだが、あちらを見たりこちらを見たりして丘の上から歩いて来たので1時間かかった。

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遺跡は重要だけれど、松の緑と芝生の緑の中、植えられたばかりの紅葉の赤にほっとしたりする。カノプスがこの右下に見えてきた。

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奥にカリアティッドが並んでいるのが見える。この像はコピーだろうが、博物館に本物があるとはいえ、元々あった場所に復元されたコピーを見るほうが好きだ。

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逆光です。

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ひとつのカリアティッドを拡大してみると、

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プールに映る姿のなんと美しいこと。

このカリアティッドが目的だったので、いろいろな角度からじっくりと見る。

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カリアティッドはもちろん屋根を支えていたわけで、ここにはパーゴラがあった。プールがあり、滝もあるカノプスは夏に食事をする場所ではなかったかと思われる。

カノプスとは、エジプトのアレキサンドリアの近くにある街の名前で、ここにはナイルの支流を引いた運河がある。この長い広いプールのような池はそれを模したものである。

池の北端には曲線的なポルティコがある。

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右手前に列柱の跡がが残っている。こちら側にもパーゴラとかポルティコがあったのかもしれない。

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彫刻はアレスと傷ついた2人のアマゾン。ギリシャの彫刻のコピーである。私はエルメスかと思ったが、確かに盾を持っているし軍神アレスなんだろう。もっとも、エルメスと書いている著者もいる。

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私は男性の体の中で一番魅力的なのはお尻だと思う。惚れ惚れするようなお尻だ。

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重心を右足にかけてなよっとしたところなど、ミケランジェロのダヴィデに通じるものがあり、男性をも女性をも魅了する。

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前から見ると、足はそれほどなよっとしていない。むしろマッチョな感じだ。でも、正面から見ると、いつも興ざめする。何故かしら?

カリアティッドの後ろ側を歩く。

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横から見ても美しい。

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良く見ると、ドレスを着た女性だけではなかった。上半身裸で籠を頭に載せた女性(使用人とか)もいる。

さて、重要なのがこの後ろに見える半円形ドームの建物。建築用語ではエクセドラというが、前方に列柱があって、庭や表に面するように開放されている。ここハドリアヌス帝の別荘にはエクセドラが多くあるが、このように列柱が残っているのも(復元されたのかもしれないが)は少ない。

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なぜ、この半円形ドーム、エクセドラが重要かというと、これが現在のバジリカや教会のアプスの原型だからだ。壊れてしまっているが、横には祈りのための小部屋が多くあったようで、それが現在の礼拝堂に繋がるのではないかと思う。

もちろん、このエクセドラにも祈りの対象が祀られていた。セラピス神殿だった。

ハドリアヌス帝はカノプスにあるセラピス神殿を模した。つまり、ここがカノプスと呼ばれるのは、カノプス運河に見立てた池に由来するのではなく、有名なセラピス神殿のあった街の名だからだと思う。

この別荘の敷地内にある神殿は北のヴィーナス神殿とこのセラピス神殿の2つで、ヴィーナスなら解るが、なぜ、よりによってセラピス神というエジプトの神を選んだのだろう。素朴な疑問がわく。

それで、調べてみると、セラピス信仰というのは1世紀に生まれて4世紀にテオドシウス帝から禁止命令が出されるまでは絶大なカルトだった。

なぜ、テオドシウス帝がこれを禁止して神殿を破壊したかというと、キリスト教を広げるためである。つまり、破壊しなければならないほど強力なカルトだったからだ。

ハドリアヌスはこのことを手紙によって知らされていたが、そこには、キリストとセラピスが混同されて信仰の対象になっているアレクサンドリアの事情が書いてあった。

セラピスは現在のセラピストという名詞に通じるので癒しの役目もあり、それだから、民衆が熱狂したのだと思う。

セラピスという名前についてはセラという女性とアピスという聖牛のあいのこだとか、いろいろ説明があるが、一番納得できたのはこれである。

セラピスはエジプトの神オシリスとエジプトの聖牛アピスの混合神である。オシリスはエジプトの言葉でAserという。アピスはhapiである。これを繋げるとAser-hapiアセラピとなる。これがSerapisセラピスとなった。なぜこのような混合神が作られたかというと、上下エジプト全域で崇拝される対象が必要だったからで、これが大ヒットしたわけだ。

セラピスはエジプトの神としてはアピスの牛の顔をしているが、ギリシャでは動物の顔を持つ人物像は嫌われるので、ひげの男の顔である。オシリス由来の特徴は冥界の支配者を現す二股の王笏と、ギリシャ神話のハデスの犬セルベウスと同じ犬を従えているところ。残念ながら、この像はハドリアヌス帝には残っていない。

エジプトの神をこれ以上深く調べる気はないが、なぜ、こんな冥界の王のおっさんが一世紀には古代ローマにやってきて流行ったのだろう、と疑問に思う。上下エジプトを統合する神として現地で流行ったのは解るが。

それで、調べると、セラピスの妻はイシス(オシリスの妻なので自動的に)であった。宗教は、キリスト教でも爆発的な人気が出たのはマリア信仰によるものだった。セラピスは美しい妻のおかげで成功したのだろう。二人は一緒に古代ローマに進出したのである。まだキリストというライバルの力が弱い時代だった。

ローマに受け入れられるためには、ゼウスが雄牛にも変身することから、聖牛アピスをゼウスに見立ててエジプトとギリシャの融合神としたのも良かったかもしれない。

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ハドリアヌス帝の別荘で出合った人たちの80%(といっても十数人)はこの池の周りで休んでいた。昔、この水辺の緑陰が憩いの場所であったことが感じられた。

ハドリアヌス帝の小さなセラピス神殿の残骸だけで、これだけ楽しめてしまった。旅行自体はもちろん楽しいが、そのあとで知的探検旅行をすると、思い出も意味を増してきて、とても楽しい。
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posted by iconologist at 12:39| Comment(0) | '08 ティヴォリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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