2014年02月13日

カピトリーニ美術館の魅力 彫刻(7)マルフォーリオ

2012年3月22日 カピトリーニ美術館

新宮の中庭に横たわる大きな彫像はマルフォーリオ、MARFORIOと呼ばれる。

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マルフォーリオはローマ時代の彫刻で、フォロ・ロマーノの中の噴水に横たわっていた。

どう見ても川の神で、テヴェレ川に注ぐネーレ川であるという。
どこにでもそう書いてあるから、根拠があるのだろう。

1588年に法王シクスタスVの命によりフォロから運び出された。

そのときに「MARE Di FORO」フォロの海、という名が刻まれていたのでマルフォーリオという名になったという説を支持する。
隣がMARSの神殿だったとか、貴族の名前からだとかいう説より信じられる。

マルフォーリオはまずはサンマルコ広場に置かれた。

1592年にカンピドリオ広場に移動され、噴水を飾った。
1594年には修復が行われ、片足、両手、持物、装飾などはその時に作られた。

この場所はサンタ・マリア・アラチェリの外壁で、17世紀半ばに新宮建設のために再び移動させられた。
18世紀になって新宮ができて、この中庭に設置された。

上の浅浮き彫りはその時の教皇クレメンスXII。ローマ数字で1734年とある。

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この像が「物を言う像」であると言われるが、実際に喋るわけではない。

政府に対する抗議文が貼られたのでそう言われるのだが、この像が特別なわけではなく、ただ人目につく場所に置かれていたからだ。

「物を言う像」は他に5体あるが、どれも街角のシャビーな像で、今でも張り紙が貼ってあったりしている。

マルフォーリオ自体も芸術性は低い作品である。だから長いことフォロに放置されていたのだと思う。

マルフォーリオは狭いお風呂のような水盤に浸かっている。
窮屈だろうと思ったが、後に運び出されたオリジナルの水盤もそれほど大きくはない。
クイリナーレ広場が改修されて、馬を引くディオスクーリの双子の像の間に他所にあったエジプトのオベリスクが設置されたときに、水盤はその前に置かれた。

まん丸な水盤は新宮のアルコーブには入らないからか、灰色の大理石は調和しないのか、マルフォーリオと再び一緒になることはなかった。



posted by iconologist at 18:48| '12 ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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