2014年03月17日

サンタ・マリア・マッジョーレ教会、勝利のアーチの5世紀のモザイク画の解読

2012年3月24日、

431年のエフェソス公会議でマリアがイエス・キリストの母ではなく神の母と解釈されたので、法王シクストゥス3世は大きな(マッジョーレ)サンタ・マリア教会を造ってキリスト教の中心にしようと張り切った。

神の母でも神はキリストなんだから同じことなのだが、キリストの神格化によりマリアも繰り上げ当選という感じだろうか。

勝利のアーチの中央にシクストゥスが神の民のためにエスクリーノ(の丘に)建てたことが記されている。
シクストゥスの目指したキリスト教の中心である教会、という願望は達成された。
アヴィニョンの幽閉が解けた後、ヴァチカンに移るまで、法王庁はここにあったのである。
現在でも、HOLY SEEのひとつである。

下方のアーチ下の部分にはキリストのモノグラムが見える。

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上方には空の玉座に十字架が置かれている(ここでは立っている)。両側はパウロとペテロ。
後ろに4匹の有翼の動物の形を借りたエヴァンジェリストたち。

ヨハネの黙示録的な題材はここまでで、アーチに描かれているのはマリアと幼子イエスの物語である。

左上から、受胎告知、右側がヨセフへの告知

マリアは驚いた仕草ではなく、どっしりと座っている。上に精霊の鳩が見える。

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中段はマギの礼拝。イエスは一人で大きな椅子に座っている。
下段はヘロデ王の幼児虐殺。右の青い服はエリザベスで幼いヨハネ(洗礼者)を抱いて逃げるところ。

一番下には街が描かれている。生誕の地ベツレヘム。

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羊が6匹。

右側上段はイエスの神殿奉献。生後40日目にエルサレム神殿に赴いた。

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右下の街はエルサレムである。

上段の右側はエジプトへの逃避。マリアはイエスを抱いて逃げるところ。他の人は寝ている。

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中段は聖家族がエジプトの街で村長や村人と出会うところ。

下段は3賢人がヘロデ王に進言しに行くところ。ヘロデ王はもう老人だ。

この勝利のアーチのモザイク画と同じ時期に造られた身廊内側のモザイク画

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アカンサスの文様の方がすてきだ。絵は両側の窓が目を晦ますので良く見えない。

テーマは旧約聖書で、この絵に描かれているのはモーゼだろうか。

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古いモザイク画はは好きなんだけれど、ここの5世紀のモザイク画には少しも感動しない。

写実的で小学生が描いた絵みたいだからか。

やはり、モザイク画は様式化された平坦なものが素敵だ。
アカンサスの文様やこのアーチの後ろ側にあるアプシスのモザイクみたいに。
(続く)


posted by iconologist at 22:39| '12 ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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