2014年03月24日

サンティ・クワットロ・コロナーティ聖堂、聖アウグスティノ修道会

2012年3月24日 地図を見るとサン・クレメント教会から細い道が折れ曲がってサンティ・クワットロ・コロナーティ聖堂に続くようになるが、つづら折りの坂を上るのだった。

その先に要塞のような建物が現れた。中世の騎士が出て来そうである。

653 Santi Quattro Coronati.jpg

チェリオの丘の西端に位置するこの教会はラテラーノの法王を守る要塞の役目をもっていた。

入口を入ると9世紀に造られたコートヤードがある。

654 Santi Quattro Coronati - コピー.jpg

そして、この先にもコートヤードがあるようなのだ。

654 Santi Quattro Coronati.jpg

2つも中庭があるなんて、面白い造りだが、1084年にロベール・ジスカールの軍隊によって壊滅的に壊されたあと、法王も全部の再建は諦めて、身廊の半分はコートヤードにしたのだった。

655 Santi Quattro Coronati.jpg

その後、枢機卿の住居部分が増設され、北側は外国の侵入を防ぐために外壁を強固にした。
外から見たときに要塞のようだと思ったわけだ。

656 Santi Quattro Coronati.jpg

ここは法王がフランス人にかわってアヴィニョンに法王庁を移してからは役目を失い、荒廃した。

法王がアヴィニョンから戻ってから、一時は再建の動きもあったが、法王庁がヴァチカンに移ると全く必要なくなり、1564年に聖アウグスティノ修道会の手に渡った。

16、17世紀にはこのコートヤードの回りは改築され、18、19世紀は孤児院(女子)として使われていた。

ここから古い教会に入る。

657 Santi Quattro Coronati.jpg

小さなフレスコ画に描かれた4人の人物

657 Santi Quattro Coronati - コピー.jpg

この聖堂の名前になっている4人の無名の聖人・殉教者たちだ。
サンティ・クワットロ・コロナーティ、4人の桂冠聖人である。

聖堂の内部は11世紀末から再建されたもの。

658 Santi Quattro Coronati.jpg

アプシスは5世紀のままの形だというが、あまり興味がなかったのか、コズマーティ様式の床だけ撮ってある。

横の壁にもフレスコ画が少し残っている。

659 Santi Quattro Coronati.jpg

660 Santi Quattro Coronati.jpg

660 Santi Quattro Coronati - コピー.jpg

ずっと実用的に使われていた建物であり、中世の文化遺産として本格的に修復保存が始まったのは20世紀になってからだ。

でも、正面玄関の崩れたレンガはあのままにしておいてほしい。
ここが荒廃していた時期をしのばせるものだから。

13世紀のベネディクト派の回廊については次に書く。



posted by iconologist at 17:25| '12 ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
,
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。