2014年03月25日

ラテラーノ洗礼堂

2012年3月24日 4世紀に建てられたラテラーノ洗礼堂は素敵だ。

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4世紀に建てられたこの八角形の洗礼堂はしばらくはローマで唯一の洗礼堂であり、その後の洗礼堂のプロトタイプとなった。

中は1637年にウルバヌス8世の命で大規模な改修が行われ立派な造りになっている。
外側とは天と地の差がある。

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洗礼桶のまわりには8本の斑岩の柱が立っている。
その上の古代の柱頭は形がバラバラである。

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その上に白い大理石の細い柱が立っている。

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天井は金ぴか。

こんな内装を見るために、12時半に閉まるからとせっせと歩いてきて損した気分だ。

そのとき、面白いものに気がついた。

677 San Giovanni in Laterano.jpg

バルベリーニ家の紋章、3匹の蜂である。

ということはウルバヌス8世はバルベリーニ家出身なのだ。
調べると、彼の本名はマッフェオ・ヴィンチェンツォ・バルベリーニというのだった。

洗礼堂を出てもう一度素敵な外観を見ていたら、ここにも面白いものをみつけた。

山の上に星があるキージ家の紋章だ。俵が積んであるみたいだが、山である。

673  San Giovanni in Laterano-2-.jpg

調べてみると、キージ家出身の法王は1655−67に在位したアレクサンドロ7世だった。

ということは、ウルバヌス8世とアレクサンドロ7世の間にはもうひとりいる。

調べてみると、それはインノケンティウス(インノチェンツォ)10世(1644−55)だった。
ドーリア・パンフィーリ宮殿にベラスケスが描いた肖像画があるあの方!

ということはキージ家の山のとなりの鍵が交差する紋章はパンフィーリ家のものなのね。

ということは、中はウルバヌス8世が造らせたが、外の改修はインノケンティウス10世とアレクサンドロ7世が命じて17世紀半ばにできたってことだろう。

ちなみに、インノケンティウス10世は法王になるとまずバルベリーニ家一族の弾劾から始めた。その後、法王の世襲制がなくなることになる。

posted by iconologist at 21:04| '12 ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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